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第4章 神様以外はみんな悩んでるのに

中学3年生になった結は、受験勉強の日々に追われながらも、神様の気配をそばに感じていた。

文化祭、合唱祭、そしてハロウィンの夜――。

過去に出会った人々との再会や、新しい友情を通じて、「神様」と「白石くん」と「わたし」の関係は大きく変わっていく。

そして迎える卒業の日。

少年時代の終わりと未来への旅立ちを前に、結と白石くんと神様は、どんな答えを見つけるのか。

青春と祈りが交差する、シリーズ完結編。

第4章 神様以外はみんな悩んでるのに


 5月13日(木)22時00分


(1)-a


 白石 悠翔はるとは自分の部屋で虚脱していた。

 頭の中が日向結のことでいっぱいだ。五感が飽和状態なのだ。


 さっきまで同じこの部屋のベッドで、気絶するように眠っていた結の姿が、彼の網膜に焼き付いているかのように、何度も像を結ぶ。

 結の髪の匂い、抱き起こしたときに触れた肌の感触、目を覚ましたときのかすれた声。視覚以外の感覚も、すべて結の情報が独占している。


 女子のことを好きになった。

 ひと月前、結にギュッとハグをしたときに、結のことが好きだということがはっきりとわかった。

 そのこと自体にも悠翔は戸惑っていた。


(でも、これからどうすればいいのかわからないよ)


 恋愛相談できるような友人もいないので、父と母のことを考えてみる。

 父と母も家族である前に、きっと恋愛を経て結婚したのだろう。その前は付き合っているカップルであったはずで、その前は好意を寄せ合っているだけのふたりだっただろう。

 とすると、結に好意を寄せている自分にとって、次の段階はお付き合いをするってことかなと思う。


(でも、ぼくは結ちゃんと結婚したいのかな。段階を踏んで結婚にたどりつきたいのかな)


 ただ好きで、結ちゃんの気持ちも知りたくて、いつもいっしょにいたいと思うことは、“付き合う”というのとは少し違うんじゃないかな。

 本来の意味での“告白”、付き合ってくださいってことではなく、純粋に“好き”って気持ちを伝えることが、ぼくにとっての“次の段階”なんじゃないかな。


(でも、そんなタイミングいつくるんだよ)


 今のところ、結に振り回されてばかりで主導権がなかった悠翔は、ベッドの上で際限なく寝返りを打っていた。


(明日の朝、結ちゃんの顔見るの怖いな)



(1)-b


 5月13日(木)22時00分


「パパー、ミルクの温度これくらいでいい?」


 夕食前、キッチンでご飯の支度をしているパパに、ミルクの入った哺乳瓶を持って聞きに行った。


「オーケー。いいよ、結、バッチリだ」


「はーい」


 今度はそれを持ってソファでそらを抱っこしてるママのところに行く。


「ありがとう、結」


「お~い、結。こっちもできたぞ」


 テーブルからパパが呼ぶ。


「ママは宙にミルク飲ませてから行くから、お先にどうぞ」


 ママはいつもそう言うんだけど、わたしは宙がミルク飲むところが見たい。おっぱいあげてるときはママが恥ずかしがって見せてくれないから。


 哺乳瓶を口にあてがわれて、宙がモリモリとミルクを飲んでいる様子は見ていて気持ちがいい。


「美味しいですか、宙くん? お姉ちゃんが作ったんだよ」


 顔を宙の間近まで寄せてじっと見ているわたしに


「ほら、もういいでしょ。お料理冷めちゃうし、パパがひとりでかわいそう」


「結ー、はやくおいで。パパさびしいぞー」


 名残惜しくて宙の頭をチョンチョンと突っついてから、テーブルへ向かった。きょうのメニューはビーフストロガノフとグリーンピースご飯だった。

 いつもながら、パパのお料理は美味しくて幸せになる。

 赤ちゃんのお世話は大変で、今まで通りの生活はできないことが多いけど、ちょっとづつ要領がよくなってきた。みんな徐々に自分のペースを取り戻していくだろう。

 ご飯を食べた後は、わたしはお皿洗い、ママはミルクで満腹の宙を寝かしつけてる。パパは宙が目を覚ましたら入るお風呂の準備をする。

 4人家族の生活がうまく回っていきそうで、わたしはとても満たされた気持ち。



 わたしは自分の部屋のパソコンで調べ物をしてる。

 世の中にはどんな仕事があるのか知りたかったんだ。

 どんな進路を選ぶのかということ。

 それはどんなお仕事をしたいのかに、つながっていると気付いたからだ。

 ネットで調べたら、いくらでも職業は紹介されているけれど、それですぐにやりたいことが見つかるわけではない。


(“知りたい”が仕事になるってことはないのかな。考古学者? 冒険家?)


 まず、目標の仕事を決めて、そこから逆算して、今どんな勉強をしてどんな高校に行けばいいのかを決める。

 そう考えようとしてるんだけど、肝心のやりたい仕事がわからないんだ。


(白石くんはやりたい仕事あるのかな。聞いてみたいな)


 白石くんのことを考えたら、今日あったいろんな出来事を思い出してきたよ。

 夕べから次々と濃密な体験をしてきた。初めての徹夜、次元上昇、白石くんとの超接近……。


(すごい近かったな、悠翔くん……)


 白石くんのベッドで目が覚めたとき、あまりにも近くにあった白石くんの顔。

 もう動けなかった。このままキスするんだって覚悟しちゃった。

 だって、わたしと悠翔くんは手もつないだし、ハグもしたし、次はやっぱり……。


 パパとママみたいに、もしも白石くんとわたしが結婚して、幸せに暮らしていくことがわたしの一生だとしたら……。

 そこから逆算すると、いったい中3のわたしたちは、今どうあるべきなんだろう。


(これもお仕事とおんなじだ。肝心の“幸せ”がわからないと考えられないよ)


 眠い……、もう限界だ。明日考えるよ。

 明日の朝、白石くんの顔見るの怖いな。



(2)


 5月13日(木)22時00分


「なぁ、美沙。相談があるんだ。宙は寝たかい?」


「ええ、やっと。なに、ジョー?」


「半年前のUSSF絡みの騒動があっただろ? あのときの依頼の報酬が振り込まれたんだ。いくらだと思う?」


「さぁ、想像がつかないわ。そういう世界の相場を知らないし」


「15万ドルだよ。円建てで約2000万円」


「はぁ? なんでそんなに? そういうものなんですか」


「いや、破格のギャラだと思うね。USSFはぼくに恩を売っておきたいのかも知れない」


「で、どうするんですか?」


「それを相談しようってことさ」


「わたしたちは、わたしが宮内庁を退官したときの退職金と、あなたの蓄えで今は暮らせてますけど、何年かして宙が保育園に入れる年になったら、またどこかで働こうとは思ってたの。あなたの新しいお仕事も、軌道に乗るまでは大変なんでしょ?」


「まぁ、そうなんだけどね。このギャラはその新しいお仕事のギャラとして、あの[堂島]から振り込まれていたんだよ」


「あの和食レストランのリフォームコンサル代が?」


「USSFのジョン・スミスが言ってたんだ、思いもよらないところからギャラは振り込まれるだろうってね。もちろんロンダリング不要の金らしい」


「そんなお金を受け取ったら、またなにか頼まれるんじゃない?」


「もちろん[堂島]に確認をとったんだが、シェフの健太郎が言うには、アメリカ総領事館経由の補助金らしんだ。

 総領事館の仕事は在日アメリカ人の生活を助けることだろ? アメリカ人客向けにリフォームをしたレストランに、アメリカの補助金が下りたってわけだ。

 ただし、このリフォームを手掛けたアメリカ人に渡せっていう、条件付きだったそうだよ。この金額なら、今の3倍の規模のレストランができるぜって、健太郎が言っていた。

 とにかく[堂島]の腹は痛まないから、言われた通りぼくに振り込んだってわけだ」


「すごい話ね。ジョーはそのお金をどうするつもりなの? そのお金で向こう5年間くらい、わたしたちが暮らしていこうとでも?」


「美沙、別に汚い金ってわけじゃないが、アメリカの紐付きだと思うと、そういう使い方じゃないほうがいいんじゃないかと思うんだ。

 それでね、実はこの金を[堂島]にまるごと投資して、ぼくも健太郎と共同経営者になろうと思って、話を始めているんだ。これならどうだい、美沙?」


「そんなにうまくいくのかしら?」


「もともと当てにしていた金じゃないんだし、あの店のためにもなって、ぼくにも報酬が入る。あそこにはアメリカ総領事館のやつらがしょっちゅうきてるから、文句もつけづらいだろう。一石三鳥さ」


「あなたがそう判断しているのなら、わたしに異存はないわ、ジョー」


「ありがとう、美沙。でもね、ぼくが心配してるのは、あそこに通うことになると、宙の世話やみんなの食事の支度が、あまりできなくなってしまうかもしれないってことなんだ」


「家のことは、なんとかなると思うわ。ジョーのお仕事の方が大事だと思うし」


「なるべくそうはならないように、慎重に話を進めるよ、美沙。

 そろそろ、われわれも寝るか」


「そうね、もし宙が泣いたら、抱っこしてあやす順番は今夜はあなたからよ、ジョー」


「オーライ、ミサ」




(3)


 5月13日(木)22時00分


 和歌山県近鉄山田線 宇治山田駅前の伊勢豊受稲荷神社裏に老舗の占い屋があり、その地下に小さなバーがある。

 そこで矢納はひとり、大吟醸をロックにして飲んでいた。

 一時間前までは駅の反対側の寿司屋にいた。神学文化研究室の室長、二宮透教授と面談していたのだ。



「矢納君、上のな、宮内庁さんがな、例のプロジェクト、正式に打ち切ってきよったぞ」


「[児童才能開発プロジェクト]ですか」


「名前ゆうたらあかん」


「すみません」


「矢納くんが参列させられた、ほれ応神天皇陵の神事のすぐ後やったわ。関係あるんかの」


「二宮教授は事情をご存知だと思っていましたが」


「知らん知らん。知ってても知らん。

 今年度が始まったばっかりやのに、もう仕事打ち切るんですかって聞いたらな、予算の引き揚げも凍結もしない。待機しといてくれっちゅうんや。また、なにか新しいこと言ってくるんちがうか」


「私は本来の論文作成に専念できるので、異論はありませんが」


「矢納君の今書いてるのは、君個人の論文だろう。研究室の、わし名義の論文はどうなってるんだい」


「学会用のプレゼン資料なんかはもうできていて、あとは教授の壇上での原稿を作るだけです。私個人の論文は学術誌に投稿するものですので、査読用の資料なんかがまだまだ集められずにいて、難航中です」


「えらい、突拍子もない仮説論文らしいな」


「考古学の範疇を越えてしまい、エビデンスの担保が難しいものばかりで。うちには量子物理学、天文学の学部がありませんから」


「なんや、難しそうな話やの。トンデモ学者扱いで消されてしまうんやないか」


「……」


「まっ、上から面倒な指示をされる前に、せいぜいアカデミックにやっとくことやな」


「はい」



 矢納はバーテンダーに声をかけ、普段は吸わないタバコを一箱買った。

 バーテンダーが差し出すライターで、火をつけてもらうと大きく煙を吐き出した。そして大吟醸のロックを飲み干しておかわりを注文した。


(どうなっていくんだろうな、これから先……)


 応神天皇陵の石室の露出から端を発した、一連の出来ごとを書き記したものは論文とはいえない。裏付けとなる仮説を立て、エビデンスとともに提示しないとならないだろう。

 思考とともに宇宙は始まり、物質世界よりも先に思考に自我が生まれた。こんな仮説を信じてくれる学者が果たしているだろうか。

 いっそ、都市伝説本として出版したほうが、オカルトマニアに受け入れてもらえるのではないか。


(いや、本当は万人に知らしめるべきものでもないのかも知れない。僕が、日向結が、白石くんが、関わった人間だけが知っていればそれでいいのではないか)


 この[世界の真実]をすべての人間が知ったところで、世界はなにも変わらないし、人間にできることも変わらない。


 結局、〈知るもの〉〈探るもの〉の知的好奇心を満たすだけの情報であって、人間の既存の枠組みを変えなければならないような発見ではないのだ。


(突き詰めれば僕が論文を書いているのは、〈知りたがるもの〉の承認欲求なんだ。

 僕は自分の知ったすごい情報を、他の人間に言いふらしたいだけなのかも知れない。

 ただ知って、それを胸にしまっておくだけでは満足できない。それが〈知りたがるもの〉の業の深さだ)


 タバコと酒で、矢納の考えは鈍りはじめ、袋小路のような圧迫感に包まれながら、自問自答を繰り返していた。





(つづく) 8月28日 07:00投稿予定

最後まで読んでいただきありがとうございます。完結まで、毎日朝7時に投稿しますのでお楽しみに。

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