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第11章 白石くんとわたしと神様の卒業式

中学3年生になった結は、受験勉強の日々に追われながらも、神様の気配をそばに感じていた。

文化祭、合唱祭、そしてハロウィンの夜――。

過去に出会った人々との再会や、新しい友情を通じて、「神様」と「白石くん」と「わたし」の関係は大きく変わっていく。

そして迎える卒業の日。

少年時代の終わりと未来への旅立ちを前に、結と白石くんと神様は、どんな答えを見つけるのか。

青春と祈りが交差する、シリーズ完結編。

第11章 白石くんとわたしと神様の卒業式


(1)


 3月20日(金)15時30分


「仁徳天皇陵の発掘調査チームに加わることになりました。それでうちの研究室が、このあたりに部屋を借りてくれることになったんです」


 わたしに家のリビングに矢納さんがいて、パパの淹れたコーヒーを飲んでいる。珍しい光景だ。


「それじゃこれからは、ちょくちょく会えるってわけだ」


「発掘調査は現地に泊まり込みになることも多いし、そう頻繁にお会いできるわけではありませんが」


「結がよろこぶよ。結の人生の中で、重要な登場人物だからね、ただしは」


「そんなことはないでしょう。結さんのほうが、ぼくの恩人なんです。

 でもこのコーヒーの味は、ちょくちょくここに寄りたくなる味わいです」


「そうだろう、そうだろう。いつでも寄ってくれ」


 パパは[堂島]の経営がうまくいっていて、最近はいつも上機嫌だ。

 わたしは矢納さんの向かいのソファに座って、カフェラテを飲みながらふたりの会話を聞いている。


 リビングのベランダの近くに置いたベビーベッドでは、そらがなにやらしゃべっていて、ママはその横でニコニコと宙の言葉に応えている。

 窓からは早春の日差しが差し込んでいて、ベッドの柵にキラキラと反射していて、幻想的。


 わたしがこんなに、のんびり、ほんわかしてるのは、第一志望の[府立みよし高校 国際文化科]に合格をしたからだ。もちろん白石くんも同じ高校の[理数科]に合格していたよ。

 そして、昨日は羽曳野第一中学校の卒業式があり、わたしは今、高校入学までの春休みというわけだ。



 2月の終わり、[府立みよし高校 特別学科]の合格発表があった。わたしの進路が決まる、運命の日だった。

 授業を抜けてきてよいと言われ、図書室のパソコンを使わせてもらい、合格を確認できた時は、本当にうれしかった。

 隣では、同じく授業を抜けてきた白石くんが、パソコンで合否を確認していた。白石くんは立ち上がってガッツポーズをしていて、聞くまでもなく合格できたことは一目瞭然だった。ふたりでグータッチして喜び合い、職員室の先生に報告しに行った。担任の先生も、他の先生たちも拍手して喜んでくれた。

 特別に、家族にメールしてもよいと言われて、スマホでお互いの親にメッセージを送ったらすぐに返信が来て、紙吹雪や絵文字だらけのメッセージを見せ合って笑った。


 3月中旬に公立普通科の合格発表もあり、みんなそれぞれ進路が決まったところで、卒業式。

 保護者たちも大勢参加して、盛大に、でも荘厳に執り行われた。もちろんパパとママと宙も来てくれたよ。


 大講堂にずらりと並んだ卒業生。一度も同じクラスにならなかった人もいるけど、みんな同じ同窓生だ。こうやって一緒に並ぶのも最後だと思うと寂しい。

 ゆうべ「わたしは泣くことはない」って宣言してたんだけど、ママは「まだお化粧もしてないんだから、今のうちに思いっきり泣いたほうがスッキリするものよ」と言ってたなぁ。

 一年生はここにいないんだけど、二年生が在校生として後ろに並んで座っている。

 わたしは部活をやってなかったから、顔を知らない人が多いけれど、それでもわたしの後輩たちだ。見送ってくれてありがとうと思ったら、とうとう、涙がこぼれてきた。


 みんなの顔をよく見ておきたいと思ったけど、キョロキョロするわけにはいかないので、心の中で(みんなありがとう!)って言ってみた。

 返事はないけど、感激の感情が講堂中を埋めつくしているのがわかる。ついでに(悠翔くーん!)と久し振りに心で叫んでみた。

 聞こえたかな……、悠翔くん。



「問題は場所だよ、どこでやるかだ」


 パパが大げさに話し出す。昨日からお花見をやろうと言い出したのだ。


「結も白石くんもめでたく受験突破したことだし、矢納くんも近くに引っ越してきたんだ、お近づきに一席設けるのは悪くないプランだろう」


「矢納さんは引っ越してきたんじゃないよ、発掘調査用に研究室が部屋を借りてくれたんだよ、パパ」


「同じようなもんさ、きっとこっちに泊まり込みっぱなしになるに決まってる」


「ひどーい、パパ」


「白石くんとご両親も来れないかな?」


「どうだろう、聞いてみるよ。でもいつどこでやるの?」


「だから、それが問題だと言っているんだ」


 パパはこいうイベントになると、前のめり気味になる。お弁当を作ったり、人をもてなしたりするのが大好きなんだ。

 ママはいつものように宙を抱っこして、ニコニコとパパの話を聞いている。


「大泉緑地や、大仙公園じゃダメなの?」


「あそこは有名すぎて、毎年人がごった返す。落ち着いて話せないし、赤ちゃんの宙もいる。われわれのパーティーには向いていない気がするんだ」


「うーん、でも桜が咲いていて、この時期人が集まらない場所なんてあるかなぁ」



「思いついたぞ、結」


 花見の場所を、あそこでもないここでもないと、考え尽くして空気が淀んできた気がしたころ、パパが話し始めた。


「羽曳野市青少年野外活動公園だよ。去年の春にもキャンプに行ったろう。たしかあそこには桜が咲いていた」


「えっ、キャンプ場?」


 わたしはちょっと意外で、思わず大きな声を出して、ママに「Be quiet!(静かに)」って英語で注意された。宙が、今寝ついたばかりらしい。


「Sorry mom.(ごめん、ママ)」


 思わずわたしも英語で謝った。

 パパも若干トーンを落として続きを話し始めた。


「あそこで花見をしようというやつは、おそらくいないだろう。青少年のためのキャンプ場だからな。実際去年も、桜が咲いていたにもかかわらず、われわれの他に利用者はいなかったし、予約もガラガラだったし」


「でも。桜が咲いてるって言っても、4、5本だよ、確か」


「われわれ7,8人の宴なら、桜が一本でも十分だ。そう思わないかい、結」


「うん。でも、あそこは青少年の野外活動の施設なんだから」


「だから、悠翔を必ず誘い出すんんだ。青少年は結と悠翔だけなんだから。わかったかい、結」


「うん、じゃぁ聞いては見るよ、一応ね」


「悠翔はかならず来る、結が誘えばね」


 パパはわたしにウインクして、コーヒーを飲み干した。




(2)


 4月1日(土)羽曳野市青少年野外活動公園 10時30分


 半ば強引にお花見は決行された。パパの予想通り、今日この施設を予約して利用しているのはわたしたちだけだった。

 私の家の車に家族4人と矢納さんを乗せてキャンプ場に着いた。後部座席は取り外して、今日のための荷物をいっぱい積んでいるから本当に満員状態だ。

 お誘いにのってくれた白石家は、お父様がお仕事で来られないということで、お母様が運転する車で悠翔くんとふたりで到着した。


「こんにちは、中2の合唱祭以来ですね。きょうは来てくださってありがとうございます」


 パパはこういうとき率先してコミュニケーションを取るのが得意で、白石くんのお母様も、ちょっとびっくりしていたけど、すぐに笑顔になった。


「こんにちは、お招きありがとうございます。お花見なんて久し振りで、楽しみにしていました」


 パパの横でわたしと、宙を抱っこしたママもお辞儀をした。


「まぁ、かわいらしい。1歳くらいかしら」


「ええ、先月1歳になったばかりなんですよ」


「きょうはよろしくね」


 と、抱っこされた宙の肩をチョンと突っついた。宙はあんまり人見知りしない性格みたいで、キャッキャッと声をあげて笑った。


「じゃ、われわれ男性軍で、花見の席を設営しますので、ご婦人方はここで少しお待ち下さい」


 そう言って、パパは白石くんと矢納さんを連れて、桜の木の方へ荷物を持って行っちゃった。

 わたしたちは駐車場のすぐ横にある、事務所の外のベンチに腰掛けて待つことにした。庇があって、気持ち良い日陰になっている。


「結さん、受験勉強では悠翔が本当にお世話になりました。ありがとうね」


「いっ、いえ、お母様。わたしの方こそ、悠翔さんにいろいろ教えてもらっちゃって」


「それは、悠翔もおんなじよ。結さんに英語を教えてもらったから、なんとか合格できたって。もう、何回も聞かされました、うふふ」


 わたしはなんか泣きそうになった。でも、こんな場面で泣くのは変だからぐっとこらえて


「ありがとうございます、お母様」


 と小さな声で応えるのが精一杯だった。


「お母様って呼ばれると、なんかくすぐったいですね」


 白石くんのお母様が、ママの方を見て微笑んだ。


「お父様もいらしてくだされば、よかったですね」


 ママは宙を抱っこしたまま、ニコニコと応える。


「うちの人はね、お仕事って言っても、本当はね、別のお花見にどうしても出ないといけないんだって、それは、悔しそうだったんですよ」


「まぁ。ふふふ」


「帰ったら、楽しい話をいっぱいして、もっと悔しがらせてあげます、うふふ」


 白石くんのお母様とママが仲よくお話をしていて、とってもうれしいけど、わたしは緊張しっぱなしだった。



「白石くんのおふくろさんは優しそうな人だな」


 桜の木の下に敷いた、レジャーシートをテント用のペグで留めながら、矢納は白石悠翔に話しかけた。


「えっ、そんなことないですよ。いつも小言ばっかり言われてますから、ぼくは」


「神様の代弁者の白石くんも、お母さんにはかなわないのか。なんか面白いな」


 ジョナサンは、横でバーベキューのコンロを組み立てていたが、ふたりに向かって言った。


「立派なお母さんじゃないか。悠翔のことが大好きなのがひと目でわかる」


「そうかなぁ……。うるさい母親ですよ」


「子どものうちは大体の男がそう思うもんだ。そして、大人になってから全員後悔することになる。もっと優しくしとけばよかったってな」


「矢納くん……いや正は、人生に一家言ありそうだな。まだ若いのに苦労人だ」


「いやいや、若くもないし、大した苦労もしちゃいません。

 女性は常に偉大だってことです」


 ジョナサンは、矢納を見つめていたが、悠翔に向かって


「よし、準備完了だ。悠翔、偉大なご婦人方をエスコートしてきてくれ。……優しくな」



(3)


 旅館の食事で使うような黒塗りの脚付きの御膳が並べられていて、プラスチックのタンブラーとお皿がのっている。

 クッションまで置かれていて、立派なお花見席ができていた。


「さぁ、座ってくださいね、みなさん」


 明るい声でパパが呼びかける。


「まぁ、立派なお席なこと」


 白石くんのお母様が感心して、パパはうれしそうな表情で笑いかける。

 ママは宙を抱っこしたまま、五分咲きの桜の木を見上げている。

 わたしと白石くんは隣どうしの席に座った。みんなの前だから手は繋げないけど、顔を見合わせると気持が伝わってニッコリとする。


(きれい……。夢の中みたいだ)


 お互いにそう思っているのがわかったんだ。


「まずは飲み物をお出ししましょう」


 そう言ってパパが、いろんな飲み物が入った大きなクーラーボックスを開ける。

 パパと矢納さんがみんなに注いで回ってくれた。

 わたしと白石くんはコーラ、ママと白石くんのお母様はジャスミンティー。

 パパはジンジャエールで、矢納さんだけ缶ビールを飲んでいる。 


「きょうの素敵な出会いに」


 パパがそう言って、みんなタンブラーを目の高さに掲げる。わたしと白石くんはコツンと乾杯した。

 一口飲むと、みんな頭上の桜をうっとりと見上げた。



「矢納さんでいらっしゃいますね。はじめまして、白石悠翔の母です」


「はじめまして、矢納 ただしです。悠翔くんとは一年前に応神天皇陵の復刻祭祀でご一緒しましたし、ほかにも、その色々お世話になりました」


「皇学館大学の助教でいらっしゃるんでしょう。ご立派な方とお知り合いになれて、悠翔は恵まれています」


「いや、悠翔くん、そして結さんには多くを学ばせてもらいました。知己に恵まれたのはぼくの方です」

 

 白石くんは、母親と矢納さんが話しているのを、珍しそうに眺めていた。

 

「ぼくはお母さんが、あんな風に人と話すのを初めて見たよ」


「そう? わたしはいつも、知的で優しいお母様だなって思ってたよ」


「ふーん、そういうもんか……。

 結ちゃんのお母さんが聖母様みたいだっていうのは、わかるんだけどな」


 わたしたちの話が聞こえていたママが、


「人のうちのことはよく見えるものよ。わたしが聖母様なんて、とんでもないわ、うふふ」


「うん、ママには何でも見透かされちゃって、怖いときもあるよ。

 って、うそうそ、睨まないで。ほら、見たでしょ悠翔くん、ママの顔」


 宙がママの腕の中でキャッキャッと笑う。


「宙は、神様とお話してるみたい。……昔のわたしみたいね」


「女性は常に偉大か……」


 白石くんが聞こえないくらいの小さな声を漏らした。



「さぁ、お待たせしました。きょうのメインディッシュですよ」


 パパが付きっきりで焼いていたお肉を、みんなのお善に配りだした。


「うちのレストランから、譲ってもらったラム肉のステーキです。熱いうちにどうぞ」


 お箸で食べられるように切り分けてあるお肉がお皿に盛り付けられていく。

 切り口がきれいなピンクでおいしそう。


「こっ、これは」


 矢納さんなんて絶句して、お肉を噛み締めたまま目を瞑っている。


「美味い。素晴らしいです、ジョー」


 みんなの賛辞にパパは満足そうに笑う。


「これすごいね、結ちゃん。ぼく初めて食べたよ、ラムステーキ」


 白石くんも、わたしの顔を見ながらモグモグしてる。


「うんうん、いっぱい食べてね」


 わたしは自分の手柄のように得意満面だ。


「こうやってふたりが並んで座っているのを、親たちが見守っていると、なんだか結婚式みたいですねぇ」


 と、白石くんのお母様が言い出した。


「おっ、お母様、そ、そんなこと……」


 わたしが慌ててると、パパがすかさず口をはさむ。


「ははは、お母さん、気が早いですよ。これは卒業式――少年時代の終わりを祝う卒業式ですよ」


「大人は少年時代を懐かしみ、少年は大人に憧れる。そんな端境の宴ですね」


 矢納さんが重々しくつぶやき、それを聞いて、みんなは少し微笑んでいた。


「憧れられる大人か……。ぼくたちはそうなれるかな」


 白石くんがわたしにだけ聞こえる声でそう言った。

 わたしは答えたいけど、言葉が浮かばない。そっと、みんなには見えないように白石くんの手に触れた。


(大丈夫だよ。ふたり一緒なら大丈夫。こうやって手を繋いでいればね)


 その思いがふたりの間を行き来する。

 わたしと白石くんは、同じ想いを共有してる。二人の心は言葉にはならない確信に満ちていた。







エピローグ


 僕は思うんだけど、この世界って、あまりにも大きすぎて、

 みんなはそれが迷路だって気づいていないんじゃないかなって。

 それどころか、楽しそうにかくれんぼなんかしてさ。

 誰かを見つけて、つかまえることが人生の目的みたいに思ってる。

 でもさ、本当の目的を忘れていないかい?

 誰か迷路の出口を探している人はいるのかな。


 ……まあ、そんなことを言ってる僕もこのごろわかってきたんだ。

 何って、人間のことがだよ。


 迷路の出口を探す早さを競って、なにが楽しいんだろうってね。

 そこに気付いた人間の中でも、とくに変わった女の子を僕は見つけたんだ。

 

 彼女はまったく素敵な女の子だったね。

 その子は僕が教えた、世界の秘密を知っても変わらなかった。

 僕のことを初めて名前で呼んでくれた。

 そればかりか、逆に教えてくれたりもしたんだ、人間の“感情”の秘密をね。


 おかげで僕は、寂しいし、愛おしいし、懐かしい。

 僕にとっては魅力的な“感情”だったけど、もう卒業しなくちゃならない。

 考え続けることをやめれば、存在できなくなってしまう僕には選ぶ道はひとつだけだ。

 だから、彼女の事を観察してあれこれいうのもこれで最後だね。


 その子の名前は、“結”っていうんだ。

 迷路の中でかくれんぼを楽しむ、そんな女の子さ。




―― 完 ――

ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。

『白石くん』シリーズは、この第3作でひとまずの完結を迎えます。


中学生という時期の、不安とときめき、友情や恋心。

その一つひとつを、神様という不思議な存在を通して描きたいと思い、この物語を書いてきました。


三部作を最後まで読んでくださった方が、もしも「自分の中学時代」を少しでも思い出したり、あるいは「いまの青春」を重ねてくださったなら、とても嬉しいです。


神様も白石くんも、そして結も、読んでくださったみなさんの心のどこかで生き続けてくれることを願っています。

改めて、ありがとうございました。

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