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第10章 宙の最初のことば、神様の最後のことば

中学3年生になった結は、受験勉強の日々に追われながらも、神様の気配をそばに感じていた。

文化祭、合唱祭、そしてハロウィンの夜――。

過去に出会った人々との再会や、新しい友情を通じて、「神様」と「白石くん」と「わたし」の関係は大きく変わっていく。

そして迎える卒業の日。

少年時代の終わりと未来への旅立ちを前に、結と白石くんと神様は、どんな答えを見つけるのか。

青春と祈りが交差する、シリーズ完結編。

第10章 宙の最初のことば、神様の最後のことば



(1)


 12月31日(金)23時30分


(年末の残された時間、中3の残された時間、どちらもどんどん加速しながら過ぎ去っていくみたいだ)


 大晦日の夜11時半、わたしは部屋の灯りを消し、窓を開けて真冬の夜空を見上げている。

 窓は南に面していて、オリオン座が見える。

 わたしは0時ちょうどにLINEでメッセージを送り合おうって、クラスの女の子と約束したんだ。もちろん、白石くんとも。

 で、その時間を待っているとこ。


(ハロウィンパーティー、合唱祭、期末テスト、3回目の模試、クリスマス、冬休み……。あっという間だったなぁ。

 人生はいつまでも続くような感じがするのに、ひとつひとつのできごとは瞬く間に過ぎ去っていく)



 今年も11月に合唱祭が行われた。白石くんは違うクラスなので、同じ舞台で唱うことはできなかったのが残念だったなぁ。自由曲はそれぞれ違うし、課題曲だって同じ曲のはずなのに、まるで違う曲のように思えた。 


(また白石くんと合唱したいなぁ。高校には合唱祭あるのかな)


 期末テストはよくできた。中間テストと同じ位の出来だったんだけど、学期末に渡された通信簿は、英語が5になってた。他の教科は変わらずだったけど、内申書の点数は1点上がったことになる。これはうれしかったなぁ。

 最後の模試は第一志望を、[府立みよし高校普通科]から[国際文化科]に変えて臨んだ。でも、評価はBに下がっちゃった。英語がいい点なだけじゃA判定はもらえないってことだ


(他の教科もがんばらないといけないな)


 そして冬休み。学校ではお正月以外、補習授業があるので毎日登校してる。


(でも、クリスマスは楽しかったなぁ)


 また、うちでパーティーを開いて、白石くんと矢納さんも来てくれたんだ。

 そうそう、矢納さんといえば、論文が不合格になって、ちょっとやさぐれていたんだけどさ、宮内庁がどこからかそれを聞きつけたらしいんだ。

 それで、応神天皇陵に関する資料として、矢納さんの論文を引き取らせてもらえないかっていわれたらしい。そして今後は、唯一調査が許可されている仁徳天皇陵古墳の調査チームに迎えられることになった。

 皇学館大学の研究室もその支援を委託され、新たな予算が付く事が決まって教授が大喜びだそうだ。


 物思いにふけっていたら、あっという間に時間が過ぎてたみたい。

 スマホの着信通知音が何度も連続で鳴り始めた。今までとても静かだっただけに、けたたましく思えるほど。


 「明けましておめでとう」「今年最初のメッセージだよ」「アケオメ」……と5、6通続けざまにタイムラインが並ぶ。

 一通だけグループ外から


====================================

@Haruto

明けましておめでとう。ふたりでいっしょの高校生活を始める年にしようね!

====================================


 って、白石くんからメッセージがきた。


悠翔はるとくん、わたしもおんなじことを送ったよ、ふふふ)


 寒いので、もう窓を閉めようと思い、最後に夜空を見上げてオリオン座を見たら、さっきより少しだけ南に沈んでいた。

 白い息を空に向かって、「はーっ」ってして、わたしは窓を閉めた。



(2)


 1月1日7時00分


「毎年思うけど、日本のNew Year’s Dayは、朝からお大忙しなんだな」


 パパがそらをあやしながら、キッチンで立ち働くママに声をかけた。

 元日の朝7時である。


「一月一日は年神様をお迎えする日ですから」


 毎年、おせち料理はママが作ってくれる。パパもわたしも手伝うけど大部分はママが作る。どちらかというと、パパはママの料理を感心して見ているというふうである。


「パパ、お餅いくつ食べる?」


 わたしはママと並んでキッチンに立っていて、お雑煮を作る係だ。


「ひとつでいいよ」


「はーい」


 丸いお餅をお鍋に入れながら、隣のママを見ると、宙のお皿にいろいろと盛り付けている。


「宙もおせち食べられるの?」


「黒豆をすりつぶしたもの、焼き豆腐をすりつぶしたもの、焼いた鯛の身をすりつぶしたもの。宙が食べられそうなものを、離乳食としてすりつぶしてるの。

 お餅はまだ無理なんだけどね」


「へぇー、宙よかったね、いっしょにお祝いできて」


「伊達巻や、お煮染めの里芋なんかも大丈夫そうだから、あとで食べさせてあげようと思って」


 パパは何もしないでご飯を待っているのが楽しいらしくて、わたしたちの背中にしきりに話しかけてくる。


「こうしてふたりで台所に立ってるのを見ると、日本の正月っていいなぁと思うよ。アメリカは何も特別なことはしないからな」


「そうなの? パパ」


「ああ、ただの祝日だよ。2日から仕事があるしね」


 返事をしながら、パパは宙の手をニギニギしたりして、幸せそうだ。



「おい、美沙。今の聞いたかい?」


「いえ、なんですか?」


「宙がしゃべった。マンマって言った」


 椅子に取り付けられたベビーチェアの横で、離乳食を食べさせていたパパが、興奮してママを呼んでいる。

 おせちを食べていた手を止めて、ママとわたしは宙を見る。


「本当ですか、あー、とかうーん、とかは今までもしゃべってましたけど」


「いや、今絶対、マンマってしゃべった」


「それって、ママのこと?」


 わたしも思わず口をはさむ。


「赤ちゃんのマンマは、ごはんのことだっていいますよ」


「宙、もう一度言ってくれ、宙」


 パパが興奮した声で言い、みんな宙を見つめて耳を澄ませた。

 その沈黙を破るように、宙が口を開き、みんなが息をのむ。


「マンマ、マンマ」


 宙が再びしゃべった。


「ほら見ろ、確かに話した、聞こえたろ?」


「ホントだ、すごい、宙」


「本当に。宙、えらいわね。おしゃべりできたねぇ」


 みんな、おせち料理どころではなくなってきた。


(わが家はますます賑やかになっていくのかな……。いい年になりますように)


  *


====================================

@Haruto

初詣行く?

====================================


 白石くんからの短いメッセージが届いた。

 家にいても、宙を見てることくらいしかすることがないので、すぐに返信した。行くに決まってるじゃない。


「ママ、お友だちと初詣行ってきてもいい?」


「いいけど、みんなお勉強があるんじゃないの」


「元日は、誰も勉強なんてしないよ。わたしもきょうはお休み」


「気をつけるのよ、どこも人がいっぱいですからね」


「うん、大丈夫」


 返事をしながら、わたしはもう来ていく服を選んでいる。


(どこへお参りするんだろう。電車に乗って、ちょっと離れた所に行きたいな)


 だって、地元を離れたら白石くんと腕組んで歩けるもの。

 ウキウキして服装をチェックしているわたしを、パパが不思議そうに見て、ママとなにか話してる。


「結はどこか出かけるのかい?」


「ええ。お友だちと初詣って」


「なんだ、そういうことか。お友だちって白石くんだろう?」


「そうでしょうね。あの様子ですもの」


「だんだん、ぼくとは遊んでくれなくなってきてさびしいな。「パパとデートする」なんてもう言ってくれないんだろうな。美沙だってさびしいだろ」


「わたしはまだまだ、宙とデートできますから」


 パパとママが、わたしを見ながら何か話してるけど、わたしはお出かけする準備ができたから、もう玄関へ向かってる。


「いってきまーす。遅くはならないから心配しないで」


 わたしは勢いよく玄関のドアを開けた。



(3)


 わたしたちは、近鉄南大阪線に乗って古市駅で下りた。

 誉田八幡宮こんだはちまんぐうで初詣することにしたのだ。誉田八幡宮は応神天皇陵の南隣りにあって、ママが勤めていた応神天皇陵監区事務所もすぐ近くだ。

 初詣の人混みで参道はごった返していたけど、わたしは白石くんの腕にしがみつくようにして歩いていた。


「どうしてここにしたの?」


「この2年間で一番縁のある場所だからね。例の石室も近いし、ここ誉田八幡宮でチャネリングをしたこともあったから、ちょっと怖かったけど、思い出もいっぱいあるからね」


「うん。本当にそうだね。誉田八幡宮にも、天皇陵にも忍び込んだこともあったし。ちょっとした大冒険の日々だった」


「ぼくにとっては、結ちゃんと仲よくなれた大切な場所なんだ」


 もう思わず、繋いだ右手をギュッとする。白石くんがわたしを見て笑ってくれる。

 相手の感情の種類や大きさを共有できる感覚はもう戻ってきている。

 だから、白石くんの気持ちがわたしにはわかる。繋いだ右手から伝わってくる。

 そして、わたしの感情もきっと白石くんに伝わっている。


(わたしと白石くんは両思い。幸せという感情が溢れてる……)



 参道の鳥居をくぐってから、ずっと続いていた行列もずいぶんと進み、やっとわたしたちの番がやってきた。

 ちょっと前から握りしめていた、お賽銭の100円玉を賽銭箱に投げ入れて、白石くんと並んで手を合わせる。


(良い年になりますように。悠翔くんといっしょに[みよし高校]に合格しますように)



「やっとつかまえた。結、ひさしぶりだね」


(!!)


 手を合わせて目を瞑っていたわたしの心に、声が流れ込んできた、ハルトの声だ。


「きみの方から接触してくれるのを、ずっと待っていたんだよ」


(ハルトなの? どうしてここに)


「ここは、あの石室から近いからね。あそこは、ぼくの思念の一部が閉じ込められているんだ」


(そうじゃなくて、どうしてまた、わたしの前に現れたの?)


「とくに用事がなくても、顔を直接見たくなることが、きみにだってあるだろ? まぁ、一年の始まりの挨拶ってとこかな」


(そりゃ、そういう気持ちになることもあるけど。……またなにか干渉しようと?)


「ずいぶんな言葉だな、はは。ずっと見守っていたきみに声をかけたくなっただけだよ。親愛の情であり、友情ともいうかな」


(ごめんなさい。また、なにか企んでるかと思っちゃって。わたしは元気です、白石くんも)


「そのようだね。

 迷路の中で立ち止まってるきみに、教えてあげたかったんだ。それで合ってるよって」


(どういうこと?)


「さすが結だってことさ。正解にたどり着く力は衰えていない。そのままでいいってことだ」


(全然わからないよ……)


「君は選んだ未来を楽しんでいる。迷路の中にいるのに迷っていない。それが正解なんだ」


(迷路……)


「さぁ、もう後ろの人に順番を譲ったほうがいい。また会える日があるといいな」


(ちょっと、ハルト)


「君は選んだ未来を楽しんでいる、それでいい」



「結ちゃん、結ちゃん」


 白石くんが肩でわたしを軽く小突く。


「はっ、し、白石くん」


「ずいぶんと長くお祈りしてたね。何をお祈りしてたんだい」


「うん、ちょっと……」


「さっ、もう行こうか。あっちにおみくじがあるよ」


 白石くんがわたしの手を引いていく。わたしは何度も拝殿を振り返りながら、参道から離れていく。

 お祈りして目を瞑っている間に、夢を見たのかもしれない、白昼夢を。


(わたしの選んだ未来、間違ってないって。それで合ってるって、ハルトが……。楽しんでいるって……)





(つづく) 9月3日 07:00投稿予定

最後まで読んでいただきありがとうございます。完結まで、毎日朝7時に投稿しますのでお楽しみに。

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