表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

第1章 神様の夢と白石くんの夢

中学3年生になった結は、受験勉強の日々に追われながらも、神様の気配をそばに感じていた。

文化祭、合唱祭、そしてハロウィンの夜――。

過去に出会った人々との再会や、新しい友情を通じて、「神様」と「白石くん」と「わたし」の関係は大きく変わっていく。

そして迎える卒業の日。

少年時代の終わりと未来への旅立ちを前に、結と白石くんと神様は、どんな答えを見つけるのか。

青春と祈りが交差する、シリーズ完結編。

第1章 神様の夢と白石くんの夢


(1)


 わたしの名前は日向ひなた ゆい。大阪の羽曳野はびきの第一中学校の新3年生。

 中2の夏休み以来、同級生の白石悠翔しらいしはるとくんと不思議な体験をいっぱいして、世界が少しだけ違って見えるようになったんだ。


 2027年4月8日(木)


 わたしは中学3年生になった。始業式の日の朝もいつもどおりに、白石くんと待ち合わせて登校したんだけど、話すことはまた同じクラスになりたいねってことばっかり。白石くんと仲よくなってまだ8ヶ月だけど、もっといっしょに過ごしたい、楽しいこと、不思議なことを体験したいって思ってる。

 とくに、先週中2のときのクラスメイトと行ったキャンプでのできごとが、白石くんのことをもっと知りたいって気持ちにさせてる。あの、神様が白石くんの体にのり移っちゃったときのことだよ。

 神様は、肉体を持つことで、肉体からの感覚が“感情”を生み出すことを知った。そして、他の肉体と触れ合うことで、その“感情”が共有され、融合していくことも。とても名残惜しかっただろうに、白石くんの肉体から離れていった神様がとても愛おしかった。

 “感情”を確かめ合うために、手をつないで、ギュッとハグをして……。あのときの感触と“感情”は、わたしの中にまだ残ってる。そして神様は抜け出してしまったけど、今の白石くんの中にも共有した“感情”は残っているはずだ。

 でも、今横にいて歩いている白石くんは、そんな素振りもなく新生活や新学期のことを、わたしとしゃべってるし。キャンプの間の記憶が無いからしょうがないのかもだけど、どう思ってるんだろ、キャンプでのこと、そしてわたしのこと……。


(ギュッとハグしたら、ひょっとして思い出すのかなぁ)


 なんて、顔をひとりで赤らめながら考えてると、ふと思い出した。

 神様は言ってた。


「でも人間が夢を見るという現象について、ぼくには予想が立っているんだ。それを確かめてからこの体を出ていくよ。

 だから、明日の朝テントで目覚めたら、もとの白石くんに戻っているはずだね。

 そしてもうこの世界にこれ以上の干渉をしない。それでいいだろ? 結ちゃん」


(夢の“予想”ってなんだろう? 夢を見ることって何なんだろう)


「じゃ、結ちゃん。校門見えてきたから、ちょっと先に行くね」


 小さく手を振って白石くんは離れてった。校門に立っている先生にひとりで挨拶してる。


(はーるーとー!)


 わたしは心の中で大声で白石くんを呼んだ。

 白石くんがチラッと振り返って、また小さく手を振った。



 わたしは3年1組だった。そして白石くんは……5組。


(あぁ……、そんな)


 朝礼で並ぶときも、大講堂でHRするときも、卒業式の席だって一番遠いじゃん。

 なんで? 誰のいじわるなの。

 

 しょんぼりしたまま、最初のHRが終わった。今日はこれで下校だ。

 教室を出ると廊下で白石くんが立っていた。わたしを待っててくれたのかな。


「結ちゃん、違っちゃったね、クラス」


「うん……」


「でもさ、今まで通り登校も下校もいっしょにしようね」


「うん」


「学校では教室が違うけど、お互いの家で勉強だってできるんだし」


(やだ、涙が出ちゃう)


 わたしはがんばって笑顔で答えようとしたけど、無理だった。

 下を向いて泣きそうな顔をみんなに見られないようにするのが精一杯。


「うん」


「……。帰ろっか、結ちゃん」


「うん、悠翔くん」



「お昼ごはん食べたら、ぼくのうちに来ない?」


「うん、行きたい。いいの?」


「うん、まだ始まったばっかりで、宿題もないけど、結ちゃんの話聞きたいな」


「なんの話?」


「ほら、先週のキャンプ。神様の話をまだ聞かせてもらってないよ」


「あっ、そうだね。悠翔くん覚えてないんだもんね」


「同じテントのやつらに聞いてみたら、ぼくなにも変じゃなかったって言うんだけど、気になっちゃって」


 分かれ道のお花屋さんの前まで来た。


「わかった。じゃ後でいっぱいお話しよっ」


「うん、バイバイ結ちゃん」


「後でね。バイバイ、悠翔くん」



(2)-a


 ジョナサン・ダニエル・エヴァレットは困惑していた。

 去年の12月、在日アメリカ宇宙軍(USSF)の将校ジョン・スミスから依頼を受けていた。娘の結と友人の白石くんが行った〈万物の正体〉とのチャネリングの記録を、宮内庁から手に入れて軍に渡すという内容の依頼だった。

 結の決断と、妻の美沙の協力により依頼を完遂し、USSFとの関係は終わっていた。


 あれから4ヶ月、なんの音沙汰もなかったのだが、今朝その報酬と思われるものが彼の口座に振り込まれていた。リビングで仕事を始めようと、パソコンを立ち上げて気付いたのだ。


「あなたへの報酬は、あなたが思いもよらないところから振り込まれるでしょう。ロンダリングは不要です。受け取って下さい」


 最後に会ったとき、たしかそうスミス氏は言っていた。

 ジョナサンはもう一度、入出金明細の画面を見直してみた。


=========================================

Date    Description   Withdrawals    Deposits    Balance

 

27-04-08  ワショクレストランドウジマ           ¥20000000   *****


=========================================


(2千万? [堂島]から? しかも円建てだと? [堂島]の健太郎がぼくへのコンサル代に2千万も払うわけはない。USSFか……。しかし2千万とは……)


「これはこれで悩みの種だな……」


 思わず口に出していた。


 なんでも相談できる美沙はまだ、奈良の実家で“産後の肥立ち”の最中だ。この金はしばらくは手を付けず、放っておくしかないように思えた。


(全く宇宙軍ってとこは……。恩に着せているってことか)


「ただいま、パパ。わたしねー、お昼食べたら白石くんの家に行っていい?」


 突然騒々しく結が帰ってきた。


「おかえり、結。ランチはこれから用意するんだ。なにかリクエストはあるかい?」


(同じことを悩み続けられるほど、現実の生活はのんびりとはしていない……)


「パスタがいい、でもニンニク抜きで」



(2)-b


「おじゃましまーす」


 白石くんひとりしかいないのは知ってたけど、わたしは玄関で靴を脱いで上がるときに声をかけた。


「うん、例によって今日もぼくひとりなんだ。上がって、上がって」


 わたしは白石くんのお父さんやお母さんとお話したいんだけど、いつも会えないでいる。留守のときにお邪魔しているのが申し訳ない気持ち。


「今日はさ、おやつも買ってないってさ」


「あっ、おやつねぇ、パパが持たせてくれたの。いつもおじゃましてて悪いからって」


「そんなこといいのに。でも結ちゃんのパパの作るものおいしいからうれしいな」


「また研究中のパウンドケーキだよ、キャンプのときも食べたやつ」


「ぼく、それ覚えてないんだよね。食べたの神様だから」


「あっ、そっか。でももっと美味しくなってるから。ナッツとスパイスを入れたんだって」


「へぇ、なんか美味しそう。さ、はやく部屋に行こう」



 白石くんが聞きたがったので、キャンプのときの神様のことをあれこれお話したんだけど、やっぱりあまりピンとこないみたいだった。

 まぁ、覚えてないんだからしょうがないか。


「でさ結ちゃんがさ、どんな夢見たのか覚えててって言っただろ、あれはどういう意味?」


「うん、神様がさ、最後に夢が見たいって言ったんだ。神様は眠ったこともないんだけど、人間が寝ている間に夢を見ることに、すごく興味があるって言ってたからさ。神様が見た夢を悠翔くんも覚えてるかなって思って」


 わたしは、神様が“ハルト”って名乗っていたことは、白石くんに言えないでいた。よくわからないけど、それを聞いたら白石くんが気を悪くすると思ったんだよ。


「……。お、覚えてはいるんだけどさ……。なんか……」


「えっ、なーに、覚えてるの? 悠翔くん。怖い夢?」


「いや……。夢ってさ目覚めたらすぐに記憶し直さないと、忘れちゃうって言うじゃん。なんか、印象的な夢だったんですごく思い返したっていうか……」


「え、なーに、なーに? どんな夢」


「お、怒らない? 結ちゃん」


「怒るわけないじゃん、悠翔くん」


「あの、あのね。夕焼けの丘の上でね……、その結ちゃんがギュッとハグしてきて……」


(!!)


「ご、誤解しないでね。ゆ、夢だから。わざとそんな夢見たわけじゃないから」


(神様の、ハルトの記憶だ……。あのときの)


「ぼく、その時の感触とか、そ、その結ちゃんの腕とか、押し付けてきた顔の感触とか、髪の毛のにおいとか……、すごいリアルに覚えてて、い、今だって、結ちゃんの手とかほっぺたとか、夢で見たまんまだって思って、なんか……なんかぼく……」


(ハルトの記憶が、“感情”が白石くんの肉体に残っている)


「結ちゃん!」


 わたしが別のことを考えている間に、目の前の白石くんは顔を真赤にして、わたしの目をまっすぐに見ていて……。わたしはもう視線を外せなくなっちゃっている。体も金縛りみたいに動かない。


「もう一度、っていうか一回目は夢の中なんだけど、もう一度今ギュってハグしたい……、結ちゃんと」


 わたし、もう動けなかった。口も動かない。目の前の白石くんは、あのときの神様――ハルトだった。

 白石くんが、ハグしてきた。ベッドに並んでお話していたわたしたちはギュッと抱きしめ合って、そしてバランスを失って倒れ込んだ。


(ハルト……悠翔くん……)


 白石くんがわたしの肩を抱きしめていて、わたしは白石くんの胸に顔を押し付けてる。力まかせですこし痛かったけど、触れ合っている部分からお互いの“感情が”流れ込んで解けあっていくのがわかった。


 “好き”っていうだけじゃない、この幸せな感情の名前をわたしは知らなかった。





(つづく) 8月25日 07:00投稿予定

最後まで読んでいただきありがとうございます。完結まで、毎日朝7時に投稿しますのでお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ