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靴音はラプソディアのように  作者: 紘野 流
■第三章:靴では終わらぬポストリュード
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Step.09 不正受給


挿絵(By みてみん)



 散らかったオフィスの中で伊能羅磨(いのうローマ)阿弓歩乃歌(あゆみほのか)が話を聞いている男の名前は、苔原康明(こけはらやすあき)。皮革製の婦人靴を製造するコケハラレザー株式会社の二代目社長である。



「俺も、親父の会社を何とか守りたいとは思っていたんだけどよ」



 溜め息をつく苔原社長の話は、先代社長の時代まで遡った。


 創業者である父の苔原達康(たつやす)は革靴の職人で、確かな技術で高い品質の婦人用革靴を作っていた。コケハラレザーは零細ながらも都内のセレクトショップなどで密やかな人気を集める信頼度の高い会社だった。


 靴に造詣の深い苔原達康は、伊能羅磨の才能に早くから気づいており、伊能がボッテガ・ロマーナを開業した初期の頃からクライアントになってくれていた。


 四年前にその達康が死去し、営業を担っていた長男の康明が社長の座に就いた。康明はさらに事業を拡大しようと、安価なビニール靴やスポーツサンダルなどにも手を伸ばす。最初の一年はやや順調だったが、それに気をよくした康明の経営は次第に迷走し、業績は一気に傾いていった。


 工場は台東区北部の清川(きよかわ)にあったが、この花川戸(はなかわど)のビルの一階を店舗、二階を事務所として借り上げて戦略拠点とした。自社販売では靴のセレクトショップを目指し、事務所も豪華にしてみたものの、不振は続いてますます苦境に陥る。



 自転車操業状態の中で、苔原社長はある人物に出会って希望を感じ、起死回生の策を託すことにした。歩乃歌の目の前で伊能に蹴倒され、父の代から続けていたボッテガ・ロマーナとの契約を打ち切られた時がちょうどその頃の話である。


 しかし、そのある人物に託したその策が完全に裏目に出て、ほどなくコケハラレザーは倒産した。今は一人で残務処理に追われている毎日である。夜逃げせず迷惑をかけた取引先のために残務処理に奔走しているのは、父へのせめてもの罪滅ぼしらしい。


 伊能は苔原からそんな近況を巧みに聞き出した上で、いよいよ核心に迫るべく身を乗り出す。



「なるほど。では、その起死回生を託した人物というのが……」


「ああ。あんたの聞きたがってる、小和瀬剛毅(こわせごうき)という奴だよ。あのクソ野郎、見つけたらタダじゃおかねえ」



 苔原康明は怒りに震えながら、その名を口に出す。八つ裂きにでもしたいというぐらいの憤怒の様相だ。


 コケハラレザーの経営不振を何とかせねばと焦っていた苔原の前に現れたのが、経営コンサルタントを名乗る小和瀬剛毅だった。特に皮革分野に強いと豪語し、多くのクライアント企業の販路拡大やレザー製品への進出を成功させたという。


「なるほど。大丈夫です。タイミングが悪かっただけで、苔原社長の製販一体への転換は間違いではないですよ。これから元手を手に入れて一気に攻勢をかけていけば、必ずうまく軌道に乗ります」


 オールバックに固めた髪型、鍛えてそうな体にフィットする漆黒の高級スーツ。いかにも凄腕の参謀のように見える四十代後半の男で、自信に満ちた口ぶりと揺るぎのない小和瀬の佇まいは、苔原の目には大いに信頼できる有能な男として映った。


 小和瀬が名を挙げたクライアント企業の中に知っている有名企業の名がいくつもあったことで、切羽詰まっていた苔原はこれぞ救世主だとばかりに、その力を借りることにした。



 小和瀬はまず、経済産業省が助成する皮革産業活性化事業補助金を利用することを提言する。小和瀬は複数のクライアントでこの取得を成功させているらしく、苔原は小和瀬に申請を一任した。


 一階店舗で新作の安全靴を仕入れていたことで知り合った桧山興産(ひやまこうさん)桧山裕樹(ひやまゆうき)社長からは、小和瀬剛毅は怪しいと再三忠告されていたが、苔原は小和瀬を信用して耳を貸さなかった。


 小和瀬は宣言通りにこの補助金を獲得。苔原はホクホク顔で小和瀬に多額のコンサル費用を支払った。



 ところがしばらくして、コケハラレザーは経産省から補助金交付停止の連絡を受けた。事業費を不適切に計上して申請していることが発覚し、不正受給と判断されたのである。苔原社長には全く預かり知らぬことだったが、小和瀬とは連絡が取れなくなっていた。


 業界は狭い。この不正受給の事実はあっという間に業界内に広まり、わずかに残っていた取引先も一斉に手を引いた。これがとどめとなった。苔原社長は窮地に陥り、コケハラレザーは為す術なく倒産した。

 苔原は伊能に一通り経緯を話すと、腕を組んでソファに踏ん反り返る。



「伊能さんよ、あんたもなぜ小和瀬を追っているかは知らんが、あんな詐欺野郎、さすがのあんたでも足取りをつかむのは簡単じゃねえだろう」


「まあ、方法はいくらでもあります。イタリア北東部にこういう諺があるんです。『(かかと)側から追っても足跡。つま先側から待っても足跡』」


「あん? どういうことだ」


「苔原社長、その助成金の申請に関わる書類、全て貸していただけませんか。小和瀬という男、誘き出せるかもしれません」


「なに、本当か!?」



 伊能の言葉に、苔原は思わず立ち上がる。


 不敵な笑みを浮かべて、伊能は小さくうなずいた。


 歩乃歌は、イタリア北東部の諺の意味が全く分からず、首を傾げたままである。




(つづく)




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