Step.15 彼女は誰だ
神足麗子は交際相手の名前を伊能に暴かれて、わなわなと肩を震わせている。麗子の睨みにも全く動じず、伊能羅磨はさらに話を続けた。
「麗子社長。あなたの多角化経営の手腕は見事です。リフレクソロジストの養成スクールやリフレ技術書の出版、サロンでも用いているアロマオイルやハーブティーの開発や販売などなど……。『カリーナ・カリーナ』を軸に、実に上手に展開されています。でも、私がどうしても解せなかったのが、パワーストーンの販売事業です。これだけが見るからに、リラクゼーションやビューティーのコンセプトから外れている」
「……」
「お店のウェブサイトを見ると、上岸輝也という方が経営者であることはすぐに分かりました。女性優位のピエディ・ディ・ディオにしては経営陣に男性は珍しい。気になって、実際に銀座のお店に行ってみました。まあ銀座といっても、正確な住所はお隣りの新富町でしたが。その店内で売っていたのが、その麗子社長イチオシという香ばしい触れ込みの緑の石です」
伊能はちょくちょく余計な一言を入れるので、神足麗子の額にはピキピキと青筋が増していく。
「麗子社長は一年ほど前に上岸氏と出版記念パーティーで偶然出会い、若くて長身イケメンの彼に入れ上げるようになった。彼はジュエリースクールで彫金や研磨を学んでいて、パワーストーンの店を開くのが夢だと言うので、関連事業として開業して与えた。会社の金を、かなり注ぎ込みましたね」
伊能の説明に、神足麗子はドンと机上を叩く。
「どうして分かるのよ、そんなことまで」
「上岸店長のカノジョから直接聞いたんです」
「は? 私、そんなこと伊能くんには言ってないでしょ」
「いや、麗子社長じゃないですよ。ご存知ないんですか、上岸店長のカノジョ。まあカノジョと言っても、四人いるようですが」
「何ですって……」
「あのお店で火・水・土で店番をされているエミリさん、木・金・日の勤務のアイナさん。どちらも上岸店長のカノジョです」
「はぁ!?」
「三人目のカノジョは、キャバクラ嬢のモモカさんです。まあこちらは源氏名かもしれませんし、先方もただの恋愛営業かもしれませんね」
「て……、輝也のヤツ……」
「そして四人目が……。まあ、こちらはカノジョというより、元カノと呼ぶのが正しいかもしれませんが」
「元カノ……!? 私が……元カノですって……?」
「いいえ。それも麗子社長ではないですよ。上岸氏の元カノさんは、私たちの目の前にいます」
伊能は両手を広げてみせた。
神足麗子の顔がみるみるうちに怒りで真っ赤になる。阿弓歩乃歌を睨みつけて、大きく吠えた。
「あ……あ……阿弓……! あなた……、よくも……!」
「え、え!?」
「赦さないわよ、阿弓……。私はあなたを絶対に赦さない。あなたなんかが……輝也と……!」
「ちょちょちょちょちょっと! 違います。なんですか急に!」
歩乃歌は焦って両手を振って無関係をアピール。伊能をキッと睨む。この人はなぜこんな時に超弩級の爆弾をぶち込んできやがったんだ。上岸なんてよく知らないし、そもそもタイプの外見でもない。勘弁してほしい。
ふと見ると、アシスタントの一人の伊丹元香が、先ほど以上に足をガクガクと振るわせながら顔面蒼白でうつむいている。麗子社長の睨みが、歩乃歌から伊丹へと移っていく。
「い……伊丹……。あなたなの……」
肩を怒りに振るわせる麗子社長を気にせず、伊能は淡々と話を進める。
「上岸氏がパーティーで麗子社長と出会ったのは偶然ではありません。恐らく当時付き合っていたカノジョさんが麗子社長のスケジュールを伝え、上岸氏は的確に麗子社長を狙ったのでしょう。そしてうまく引っ掛けて、開業資金も引き出せて、カノジョさんは捨てられて元カノさんになった」
伊丹元香の目からは涙があふれている。怪獣のように激しい鼻息を繰り返している麗子社長は、伊丹から伊能へと視線を移して激しく問う。
「なんで……、なんでそんなことまで分かるのよ、伊能くん」
「お店でその緑の石を買い上げたら、店番のカノジョさんがお礼にそれらの話を教えてくれたんです。妙な出費になりましたが。ちなみにカノジョさんたちは、麗子社長に対しては恨みも憎しみもないどころか、とても好意を持たれています。普段は『あの金づるオバサマ』と呼んでるようで」
「……うわぁぁぁぁ!」
神足麗子は発狂したように大声で吠えて、デスクを力の限りバンバンと叩きまくった。
(つづく)
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