光を知らぬ者たちへ、一雫の希望を
かつて、この世界には、人間と吸血鬼という二つの種族がいた。
吸血鬼は人を襲うため、人間たちは日々怯えて暮らしていた。
その状況を打ち破ったのが、神を信仰し人々を導いた教祖・マリア。
彼女は、吸血鬼と人間の血を持つ存在、
hopeを創り出した。
hopeは吸血鬼の力を引き継ぎながら、教会の教えに従い、吸血鬼を狩る使命を背負っている。
だが彼らには、一つの“条件”があった。
それは、人間の血を決して口にしてはならないということ。
一度でもそれを破れば、hopeは、本物の化け物になってしまうのだ。
人々からは希望として讃えられ、同時に恐れられるhopeたち。
その中で生まれ育ち、戦い続けてきたhope、ロゼ。
彼はまだ知らなかった。
自分たちが信じてきた教会の真実と、やがて迎える運命を。
全ての始まりは、一人の吸血鬼の少女との出会いから始まるー
協会での仕事が終わって、みんなが寝静まった頃、やっと僕は眠りにつこうとしていた。
遅くなったのは、明日来るアトアというhopeのための準備をしていらからだ。
彼が来たら、この協会のhopeは15人になる。賑やかになるな。
そして、いつものように寝台に繋がっている鎖を手首と足首に着けていく。
明日来るアトアにワクワクしながら僕は眠りについた。
ーーー
翌日の朝。
コンコンと教会の扉を叩く音が聞こえ、1人の少年が入ってきた。
アトア・ホープである。
僕達のことに気がつくと、ニコッと笑って頭を下げた。
おいでと僕が言うと、不意をつかれたように少しぎこちない動作でこっちに歩いてきた。
2メートル位の場所でピタッと止まると、姿勢を正して
「アトア・ホープです。よろしくお願いします!」
と元気よく挨拶をした。
それに少しびっくりしながらも、僕も自己紹介をした。
それに続いてリンレがニッと笑って、
「リンレ・ホープだ。よろしくな」
それに続いて他も挨拶をした。
ーーー
「じゃあ最初のお仕事」
僕が連れていったのは、地下にある隔離室。
ここでは、
「凶暴化したhopeの始末をしてもらうよ」
怖がらせないように優しく言ったつもりだった。
突然のことに驚いたのか、えっ、と気の抜けた声で言った。
hopeの教育学校を卒業して、教会に配属されて一番最初に行うことは、実技訓練か凶暴化したhopeの始末である。大体は実技訓練なのだが、彼はタイミングが悪かった。
可哀想だが、仕方が無い。hopeになるためには、通らなくてはならない道である。
剣をアトアに手渡す。
「どうぞ、制限時間は15分。殺り方は教育学校で教わった通り」
剣を抜いて、構える。彼の手は震えている。その様子をみんなでじっと見守る。
しばらく経っても彼は切ろうとはしなかった。そんな様子を見かねて僕は、
「凶暴化したhopeは僕ら等の敵だよ」
冷静に訴える。
それでも彼は切ろうとしない。まずい、このままでは時間切れになってしまう。時間切れになれば、厳しい罰が待っている。
そんなことはなるべくしたくない。だから、
「はやくしろ、切らなければどうなるかわかっているよな」
威嚇するように言った。
するとようやく、剣を振り上げ、勢いよく胸に突き刺した。
その瞬間、彼は剣を床に落とし、肩で息をした。
「頑張ったね今日はもう休んでいいよ」
と頭を撫でながら優しく言った。
ーーー
アトアが来てから初めての朝食。みんなが集まって来てひとつの大きなテーブルで食事をとる。
今日はパンとスープ。このスープ美味しいんだよね。僕はいつもより少し気分が上がった。
でも、アトアは昨日のせいか、少し元気がないように見える。でも、最初はそんなものだ。
朝食が終わり、仕事の時間がやってきた。
吸血鬼は最近被害の報告がほとんどない。有難いことだ。
午前中は仕事を一通りこなして、人々に神の加護を与える。
午後は仕事の仕方について説明する。
僕がアトアと話していると、リンレがやってきた。
調理係のトニトの昼食について話していた。
リンレが横から、
「俺の方が料理上手いだろ」
と口を挟む。
リンレの口の悪さを僕が怒る。
いつもこんな感じだ。リンレの話し方、やっぱり好きだな。話が面白い。
アトアが、アハハと笑う。
楽しいな、こんな日々がずっと続けばいいのに。
今日は村周辺の森の見回りにリンレと来ていた。 するとそこに、フードを被った1人の少女が現れた。
「ねえ、あなたたちってhope?」
うん、と答えると、フードをとった。
その顔をよく見ると、吸血鬼だ。 剣を勢いよく取り出した。 すると、
「ちょ、ちょっとまって!」
と慌てた様子で言った。
「 君たちに伝えたいことがあって...!」
大きな声で言った。
「伝えたいこと?」
リンレが怪訝な顔をする。
「そう!」
少女は、大きく頷いた。
「私の名前はメルだ。えっと、信じられないと思うが......
君達hopeは、騙されているんだ...」
「はあ!?」
リンレと同時につい、声が出てしまった。
それと同時に、剣先がメルの方へむく。
「じゃ、話はそれだけ、伝えたからな!」
そして、森の奥へと走り去っていった。
ーーー
このことは、しばらく誰にも話さないでおこうと、リンレと約束した。
騙されているなんて、そんなの信じられない。
何も確証がないんだ。どうすればいいんだろう。
疑念を抱きながら、今日も教会に来た人々に神の加護を授ける。
そして、夜の懺悔室にやってきた。リンレと。
ここの定員は2人までだ。誰にもこの話は聞かれない、安全な場所のはず。
「騙されてるって、教会に?」
僕が言うと。
「あの吸血鬼が言うには、そうらしい」
真剣な顔で言う。
最近、凶暴化するhopeが多いのも教会のせいなのか、
本当に騙されているのか、などを話し合った。
すると、コンコンッと懺悔室の扉を強く叩く音が聞こえた。
「ロゼ様、リンレ様、報告です。トニトが...!」
アトアの声だ。切迫したようすで言う。
急いで協会の広場に向かうと、そこに居たのは凶暴化したhope、トニトだった。
アトアに聞くと、「...さっきまで普通に喋っていたのに、アルが来た途端、急に様子がおかしくなったんです」
慌てた様子で言った。
「アル?彼は治癒士の...」
ここにアルの姿はなかったが、今はそれよりも、トニトをどうにかしなくては。
アトアが剣を差し出してきた直後、彼が僕に向かって襲いかかってきた。
「...っ、う」
右の二の腕あたりを噛まれた。前にも噛まれたことがあるが、そんなのの比じゃないくらいの激痛が走った。
「ロゼ...!」
そう思った瞬間リンレが彼の胸に剣を突き立てた。
終わった、でも、意識が持たなかった。
「......」
自分の部屋で目を覚ました。冷たいコンクリートの天井。
起き上がろうとすると、右腕に痛みが走った。
ああ、トニトに噛まれたんだった。
そんなことを考えていると横から、
「まだ起き上がらない方がいいですよ」
アルだ。椅子に座っている。
「傷口は、もう大丈夫だと思います」
淡々とした口調で言った。
ありがとうと言うと、ニコッと笑った。
そして帰り際に、
「次は殺すからな」
彼のはだけた胸元には、教会の者だけが持っている、黄金の首飾りが輝いていた。そして、手鏡を手渡した。
見てみると、黄色かった瞳は少し赤みがかっていた。
それと入れ替わるようにリンレとアトアが入ってきた。
「ロゼ...無事でよかった......!」
リンレは僕の様子に安心しながらも、この姿に驚いていた。
なんだったんだろう、さっきのは...
ーーー*
アルは嬉しそうに、月の光に照らされる石垣の上を早足で歩いていた。向かった先は、教会本部の大聖堂。
扉を開けて、ある人物の前に跪く。
「計画は順調に進んでいます。このまま行けば彼らは、滅ぶことでしょう...!」
嬉しさの籠った声だった。
「いい子ね。アル」
アルの頭を撫でながら言った。
そして、アルは幸せそうに笑った。
ーーー
リンレがあのことを、アトアに話したらしい。
懺悔室での話を聞かれてしまい、誤解を産まないために話したらしい。
最初は混乱していたが、今は納得してる。
アトアはメルのことを知っているらしい。
「...学生の時に、一度も血を飲んだことがない吸血鬼って噂になってたんですよね」
その言葉に僕らは驚きを隠せない。そんな僕らにアトアは続けて言った。
「神の声を聞くものと言って、あの大災害を言いあて、雨が降らない土地に雨を降らせたんです」
僕ら、はメルは少しは信頼できると思った。
そして3人で話し合った。アルは何をしようとしているのか。そして、協会の闇について。
出た答えは、hopeを作った理由が人間を守ることでは無いということ。
でも、なぜこんなことをしたのか分からない。
考えていても埒が明かないため今日は眠ることにした
ーーー
「ねえ、やっと信じる気になった?」
頭上から聞こえてきた。
びっくりして、手に持っていた書類を落とし、撒き散らしてしまった。
書類を押さえながら振り返ると、メルが木の枝にぶらさがって逆さまになっていた。
「おお、そんなにおどろくとは、なんかごめん」
そんな僕を見ながら、リンレがなんだ、と焦り気味に言う。アトアに木から降ろしてもらいながら、
「新しいことがわかったんだ」
とメルは言った。
「ちょっとこっち来て」
少し森に入ったところで、
「もしかしたら教会は、君たちのこと全員殺す気なのかも」
なんで、と食い気味にリンレが尋ねる。
そんなリンレに引き気味だ。
「...えっと、実際あと残っている吸血鬼は私と、両手で数える程しかいないの。つまり、吸血鬼を全滅させて、何らかの理由でhopeも殺そうとしてるって訳だ...」
と、少し苦しそうに言う。
「え、それって結構まずくないですか?」
アトアが言う。
「ああ、もう時間が無いってことだ」
メルが頷きながら言った。
早く行動に移さないと、取り返しのつかないことになるかもしれないと思った。
今日は呼び出されて教会の本部に来ていた。
きっとこれは、反逆のチャンスだ。
念の為、剣を持って来ている。外でアトアとメルが待機している。
リンレは別の仕事があって、来ていない。
ゆっくりとした歩きで、大聖堂に向かう。
コンコンと扉を叩いて返事が来るのを待つ。
入って、と言われ大きな扉を開ける。
頭を下げてから、ゆっくりと近寄って、階段の前で立ち止まる。
跪いて胸に手を当てる。心臓の音が手に伝わってきた。
「マリア様、お会いできて光栄です。お目にかかれることを心より楽しみにしておりました。...御用はなんでしょうか」
危ない、緊張しすぎて噛むところだった。
「ああ、ロゼ、よくぞお越しくださいました。表をお上げ...今日はあなたにいいものを見せてあげようと思って」
連れてこられたのは、リンレだ。
意識がないのか体が動かない。
「...リンレがどうかしたのですか?」
僕の問いに、マリアはにっこりと笑って、
「ずっと、私たちのことを裏切ろうとしていたのだろう?」
その言葉に背筋が凍った、するとマリア様の後ろからアルの姿が。
「...この子が教えてくれたのですよ」
アルの頭を撫でながら言った。
「...なぜ、こんなことをするのですか?」
恐ろしい笑みを浮かべたマリアの目を見る。
「悪魔と契約し、私たちは人間の王国を作るためにhopeを作ったのですよ」
まるで挨拶をするかのように、軽く言った。
そして続けて、
「吸血鬼が居なくなったら、お前たちはもう人間の希望ではなくなる、計画の邪魔になるだけの存在なのです...」
「だから、殺すのか。そんなこと、神が許すわけ無いだろう...あなたは、自分たちの為ならば、神を裏切ってもいいと言うのか!」
許せなかった。神に忠誠を誓うと言っていながら、悪魔と契約し、利用するために僕らを作った、一番の裏切り者だったことが。
すると、リンレの前に赤い液体が入ったコップを持ってきた。
「っ、何をする気だ!」
彼に血を飲ませるつもりなんだと、すぐにわかった。
「やめろ...!」
必死に叫んだが、マリアには届かなかった。彼の喉が動いた。もう、どうにもならない、手遅れだった。
その瞬間、リンレは床に座り、目を覚ました。そして、僕のことを見てー
いや、目の前にいた。腹に強い衝撃を受ける。体が宙に浮いて、壁にたたきつけられた。背中に突き刺すような痛みが広がる。
体の至る所が痛い。
床に落下するとうずくまった。呼吸ができない、苦しい。痛い。
リンレがすぐ近くに迫っていた。
でも、動けない。死を覚悟したその時ー
体の奥で何かがはじける感覚。体が沸騰するみたいに熱い。
その次の瞬間、リンレの肩に噛み付いていた。さっきまで動けなかったのが嘘みたいに、体が軽かった。痛みもなかった。
そして意識が途切れた。
そのあとのことは、ほとんど覚えていない、部屋が回転しているような感覚。
ずっと意識がフワフワしいて心地良かった。
そして気づいた時には、リンレの上に乗っかっていた。
柱が崩れて、大聖堂の中はめちゃくちゃになっていた。
駆けつけたアトアとメルが目を見開くぐらいに。
「何が、あったんだ...!?」
メルが息を飲む。その後ろにはアトアがたっていた。
僕がゆっくり立ち上がると、ビクッと怯えたような反応をした。
「なんでそんなに....」
ふと、自分の体を見る。白かった服が血まみれじゃないか。髪が、白くなっている。血を飲んだ影響だ。
我を取り戻し、ハッとリンレの方を見た。結構血が着いているけど、大怪我では無いみたい。
良かった、と安心したのもつかの間。
メルが、僕に向かって短刀をつぎつぎに投げてくる。
「わっちょっと待って、意識はっきりしてるって、一旦落ち着いて!」
そう言っても信用しきれないのか、メルは短刀を持って、アトアは剣の鞘に手をかけている。
でも、メルは短刀攻撃をやめてくれた。
「えっと、これどういう状況なんですか?」
アトアが首を傾げて聞いてくる。
リンレが血を飲まされたこと、マリアの悪魔との契約について説明した。
アトアは空いた口が塞がらなくなっていた。メルはうんうんと頷いている。
肝心のマリアは...もう逃げられてしまったらしい。
「一旦教会にー「いや、この状態で教会に戻るのは危険だ」
アトアが言おうとして、メルが遮る。
「アイツらにとっては今の私たちは敵だからな」
アトアは確かに、と言って頷く。
裏道を知っているということで、メルの後をついて行くことになった。
そう言って着いたのは穴の小さな洞窟だった。ここはメルの家らしい。
「私たちは日に当たると怪我するから、なるべくこういうところで過ごすんだ」
と何故か、誇らしげに言った。
屈んで洞窟の中に入る。
しばらく坂道を下って行くと、そこには大きな集落がひろがっていた。
薄暗い中に、ランプの火が所々ついていた。
「ここにいるのは、私の家族。血は繋がってないけどみんな優しいよ。」
メルは少し嬉しそうに言う。そんなメルを見てアトアもほほえんだ。
「しばらくここで、リンレを休憩させよう」
と言った。
僕らが来たと聞いた時に、少しびっくりはされたけど、みんな歓迎してくれた。
メルは集落にある自分の家に案内してくれた。
木製の小さい家。
リンレを布団に寝かせる。
今は、リンレが早く目覚めてくれることを願っていよう。
ーーー
あれから三日ほど経ったが、リンレが目覚める気配はなかった。
うう、とリンレが唸っている。
「悪い夢でも見てるのかな」と言うと。
「夢を見てるってことは、いつかは目覚めるってことだ」
と言って額に濡れた布を絞って乗せる。
すると僕の方を見て、
「安心しろ。目が覚めた時はお前に教えるから、今日はもう寝るんだ、お前全然寝てないじゃないか。」
と心配してくれた。
メルの言葉に安心したのか、今日は布団に入ると、すぐに睡魔が襲ってきた。
眠っていると、カランと何かが落ちる音がした。
びっくりして飛び起きる。
あたりは真っ暗で、さっき居た所とどこか別の場所だ。夢?
あたりを見ながら、しばらく歩いていると、誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。
1箇所が明かりで照らされる。そこに居たのは、幼い頃のリンレだ。
「これは、彼の記憶?」
初めて吸血鬼を殺した夜のこと。
僕と初めて一緒の相部屋になって、それが彼との出会いだった。
彼はないていた。あの時は、なんで泣いているのか分からなかった。
あの頃は、吸血鬼を殺すのは当たり前だったから。
でも、今ならわかる気がする。
吸血鬼は人を殺したくて殺してるわけじゃない。生きるために殺してるんだ。
人間だって同じことをしているのに、おかしいと思ったんだよね。
明かりが消えて、また別の場所が照らされた。
リンレが僕に告白した日。確か、32歳の誕生日だったけな。すっかり忘れていた。
「リンレったらこんな時のことまだ覚えてるんだ。あれから、100年以上経ってるのに」
確か、親友のままでいたいって返したんだっけ。hopeの恋愛は禁止されてたし。
また、別の場所が照らされる。
凶暴化したhopeを初めて殺した日のこと。あれは確か、彼の友達だったhopeのはず。
吸血鬼を殺した夜から、1度も泣かなかったのに、苦しそうに泣いていた。
こんなこといつまで続ければいいんだ...いつになったら終わるんだよ...
疑問を抱きつつも、幼い彼1人では、どうにもできなかったのだろう。
今思えば、
「彼は最初から協会のことを信用していなかった?」
また明かりが消えて別の場所が照らされる。
あ...これは....、いちばん嫌な思い出。
気持ち悪い、こんなことをする教会も、そんな教会を信じていた僕も、何もかも。教会の言葉なんて全て、嘘だったのに。
思い出さないように、忘れたフリをしていたのに...!こんなの思い出すくらいなら死んだ方がマシだと思うくらい。
「なんで今更、おもいだしたんだろう...」
嫌だ、聞きたくない。耳を塞いで聞こえないようにしたかった。でも、夢の中だ。そんなもの意味が無い。
早く終わって欲しかった。
その時
「...ゼ、ゼロ...!」
声が聞こえた。これは、メルの声だ。
ハッと目が覚める。
心配そうな顔で僕を見つめるメルがそこに居た。
「...大丈夫か、すごいうなされてたけど」
メルが起こしてくれたらしい。
大丈夫だよ、と笑顔で言う。
その時、ガタッと音がした。
リンレのいる部屋の方から。
僕らは急いで、リンレの元へ向かった。
リンレの部屋へ向かうと上半身だけ起こして、何かを呟いていた。
下を向いていた顔がふと、僕の方へむく。
唸っていた。
僕が後ずさると、立ち上がってこっちに近づいて来た。
怖くて目をぎゅっと瞑ると、誰かが僕のことを抱きしめた。少し強い力だった。
すすり泣く声が聞こえた。
ゆっくりと目を開けると、リンレが泣いていた。一緒に床に座る。
ごめん、と何度も謝っている。
怪我をさせたのは僕なのに。
本当に、リンレは優しいな。やっぱりそういう所が好きだ。
そっと頭を撫でた。
ーーー
リンレも落ち着いて、アトアも帰ってきたところで、僕らは新しい計画を立てることにした。
マリアと協会の人間の居場所は、メルとアトアに3日間の間で見つけ出してもらっていた。
「第三教会本部、きっとアルやほかの騙されているhopeたちもそこにいる」
「まずはそこまでどうやって移動するかだ」
メルは、教会の収集によって来たhopeだと装って移動しようと提案した。
バレるリスクは高いが、それ以外に方法はないのだろう。
「次は、hope達をどう説得するか。でも、説得するのは難しそうだな。可哀想だけど気絶して貰うしかない」
リンレが顔をしかめて言った。
「その中にきっとアルもいるだろうから。アルは、きっと僕たちに立ち向かってくるだろうね」
「うーん、そうなった場合は戦うしかなさそうですね」
とアトアが言った。
「さあ、最後はマリアをどうするかだ」
メルが深刻な顔で言う。
「きっとあいつは悪魔に乗っ取られて強くなってる。寿命も人間の3倍位はあるだろうしー
ーーー
収集されたたくさんのhopeたちの列に紛れて、僕らは歩いていた。
メルは一緒に行動すると危険なため、別のルートで先に向かってもらっている。 教会のもんをくぐって歩いていく。
扉を開けると、他にもたくさんのhopeたちがいた。
呼び出した理由は、きっとhopeを1箇所に集めてまとめて殺すためだろう。 マリアが奥からでてきた。
はじまりの合図は、マリアが喋り終わった時...。 今だ...!
ピーッと笛を大きく鳴らした。マリアは踵を返して、去っていった。
その時、周りにいたhopeたちが剣を抜いて立ち向かってきた。
振り回される剣をひらりとかわして、首の後ろを叩く。
痺れて動けなくなったhope達を横に退ける。ごめんねと謝って僕らは奥の廊下へと進んだ。
進んだ先には、アルが待っていた。
僕らの前に立ちはだかって、通すつもりは無いらしい。
「お久しぶりです、ロゼ様、リンレ様、それにアトアまで」
まるで僕らには興味が無いみたいに喋っている。
剣を抜いた。来る ..!
打撃を剣で受け止める。重い。弾き返せないくらいに。力を込めてはじき返す。
リンレがすかさず攻撃を入れる。アトアもそれに続いて。
だがその攻撃はひらりとかわされ、地に落ちる。
横からの攻撃を防ごうとしたところ、ガンッと鋭い音がして剣の先が床に落ちた。僕の顔を反射している。
戸惑っていると、手首を弾かれ、剣を落としてしまった。思いっきり後ずさる。これは普通のhopeの力では無い。
黄金の首飾りが彼の胸元に輝いていた。
呆気に取られているアトアのことを、ぐるっと回転しながら蹴り飛ばす。体が宙を舞って、柱にめり込んだ。手に持っていた剣が落ちて、カシャンと音を立てる。
アルは手に持っていた剣を放って、ネクタイを緩める。
隙を見てリンレが飛びかかったが、アトアと同じように蹴り飛ばされてしまった。 折れた剣を投げ捨てて、アルと向き合う。
「なんでこんなことするんだ?」
「マリア様は、ロゼ様に用があったんですよね。ほかは邪魔だったので」
と軽く言う。
「そんな理由で...!」
腹が立った。
殴りかかった拳は片手で受けとめられてしまう。
「実は、僕、計画で生まれたhopeじゃないんです。計画が始まるずっと前に人間と吸血鬼が恋に落ちて産まれたんです。だから、僕は村の人から快く思われてなかった」
「マリア様は、僕のことを助けてくれたんです。村の人にいじめられてるところを」
急に過去のことを話し出した。
噛み付こうとしても避けられてしまう。
「マリア様は初めて僕に愛情をくれた。自分の子供のように可愛がってくれたんです。僕の大切な家族だった。」
「マリア様の夢は、世界中の全ての生き物を幸せにすること」
彼の動きが止まった。僕もつられて止まる。
「......でも、彼女は自分が死ぬってわかった時、夢を叶えるために悪魔と契約をした。自分の体を代価にして」
大きく息を吸って、続けてしゃべる。
「あの日から、あの人は変わってしまった。優しかったのに、残酷な人になった。そして、マリア様と僕ら信者は血の契約を交わした。黄金の首飾りが、その証」
「...そして、悪魔は、マリア様を裏切った」
うつむいていた顔を上げて僕の目をまっすぐに見る。
「ねえ、どうか、マリア様を助けてください。
僕は、あの人に逆らえない、逆らったら死ぬ。怖くて仕方がないんです。自分勝手なのは分かっています。だから、どうか......」
潤んでいた目から涙がこぼれる。
「彼女を殺して、もう、解放してあげて。永遠の苦しみから...」
必死に訴えるその姿に、胸を打たれる。
マリアを殺せば、全てが終わるのか?
そう思った瞬間、アルの後ろから黒い影が現れる。メルだ。そして首飾りを、引きちぎった。
アルはその場に倒れる。
「これで、あいつから開放された。安心しろ、気絶してるだけだ」
メルの元へ駆け寄る。
「アルもマリアも騙されてたみたいだね」
うん、とメルが頷く。
「それより、ほかのふたりは...」
言いかけてやめた。
「あんまり、いい状態とは言えないな」
と言ってアトアに近づく。
「おーい、大丈夫か?」
何回か揺すってみると、ハッと目を開けた。
良かった怪我は無いみたいだ。
アトアを横に寝かせる。
体が痺れて動けないみたいだ、とメルが言う。
リンレはと言うと、全然平気そうである。
折れた自分の剣をみて溜息をつく。
「お気に入りだったのに...」
いつもと変わらないリンレに少し安心した。
「さあ、揃ったところだし、行こうか王の間へ...」
ドアの先、王座の上にマリアがいた。
紅黒の瞳が僕らを見下ろしている。
あの柔らかな笑顔は、もうそこには無い。
「マリア様......いや悪魔。もう、終わりにしよう」
僕の声は震えていたけど、まっすぐだった。
マリアはゆっくりと立ち上がる。その口元に、冷たく笑みを浮かべて。
「終わり?何を言っている。私たちがやってきたことに間違いなどない」
「犠牲があるから、幸せは成り立つ。ただ吸血鬼とお前らがその犠牲になっただけのこと」
その言葉に、僕の中の何かが静かに切れた。
床に落ちていた剣を拾い上げ、仲間たちと目を合わせる。
メルは槍を、リンレは折れた剣を。同時に駆け出した。
まずはメル。
地面を蹴って、一気に距離を詰める。槍が風を裂く音を立てた。
マリアは微動だにせず、手をかざす。
瞬間、空気が歪んだ。黒い雷のような魔力がメルを包む。
「ぐっ……!」
爆発音と共にメルの体が吹き飛んだ。床を転がり、四つん這いになって動けない。
その姿を確認してから、次に飛び出したのはリンレだった。迷いは無い。
折れた剣を逆手に持ち、回転して斬りかかる。
その刃がマリアの肩を捉えた、と思ったその瞬間。
「...邪魔だ」
マリアの指が動く。
雷光。
鋭く、重い一撃。
リンレの体が弾かれるように宙を舞い、壁に叩きつけられた。
「リンレ!」
気がつけば、立っているのは僕だけだった。
マリアが僕を見て、くすりと笑う。
「...さあ、ロゼ。お前の番だ」
剣を構えたまま、僕とマリアは睨み合っていた。
足元には、倒れた仲間たち。
何を失っても、僕はここで、負けるわけにはいかない。
「...マリア!」
叫ぶと同時に駆け出した。
剣を振るたびに火花が散り、彼女の魔力が空気を焼く。
その一撃一撃が、重くて、痛くて、それでも僕は必死に喰らいついた。
「どうして、そんなに抗うのだ?幸せな世界を作るためだというのに」
マリアの手から放たれた黒い炎が僕の腹を焼いた。
息が詰まり、膝が折れそうになる。
それでも、立ち上がる。仲間の想いが背中を支えてくれているから。
「何かを犠牲にするくらいなら、幸せなんていらない!」
叫びと共に剣を振るうが、力はもう残っていなかった。
マリアの目が細められ、指先が動いた。最後の一撃だ。
来る。そう思った瞬間。
「マリア!」
視界を横切った影。
それは、アルだった。
彼は僕の前に立ちはだかり、マリアの魔力の槍をその身で受け止めた。
槍が、アルの胸を貫いていた。血が流れ、滴って床を紅く染める。
「なんで...!」
僕の叫びが空間に響いた。
マリアの体が震えた。
彼女の紅黒の瞳が見開かれ、音を立てて魔力が弾ける。
闇が剥がれ落ち、そこに現れたのは、15歳ほどの少女だった。
涙を浮かべる澄んだ瞳。
「アル?どうして、どうしてあなたが...」
彼女の声が震えていた。
よろめきながら、マリアはアルの元へ駆け寄る。
その手で彼の頬に触れ、目からこぼれる涙が彼の胸に落ちる。
アルは涙を流すマリアの頬に、震える手を当てて、
「僕はマリアより先に死にたくなかった。マリアを1人にするなんて嫌だった」
涙を流しながら言う。
「嫌...せっかく、また会えたのに。嫌...」
マリアの声も届かずアルは、
「っ、君と、生きることができて、本当によかった」
彼は目を閉じ、永遠の眠りについた。
頬に添えられていた手は冷たい床に落ちる。
マリアはこっちを向いた。
「ごめんなさい、謝っても許されないことを犯してしまった。
こんなの、もう、終わりにしましょう...」
その言葉は、後悔と悲しみに満ちていた。
僕はゆっくりと彼女に近づき、大きく剣を振り上げた。
そして、彼女の胸に突き刺した。
ありがとう、と細い声が聞こえた気がした。
その光景をメルとリンレは黙って見つめていた。
そして、辺りには沈黙と静寂だけが残った。
世界中を旅するメルへ
マリアがこの世を去ってから、もう数年が経ったね。あの激しい戦いの後、世界は少しずつ変わり始めているよ。
争いは減り、吸血鬼はほとんどいなくなっちゃったけど、人間も吸血鬼も平和な日々を過ごせるようになった。
まあ、そんなのメルがいちばん知ってるかな。
この王国でも、かつての緊張感は薄れ、穏やかな時間が流れているよ。
アトアは変わらず優しくて、君のことを密かに想い続けているみたい。そんな彼の気持ちが、いつか君に届く日が来るといいな。
リンレと僕は、今は一緒に、お互いを支え合いながら暮らしているよ。新しい日々に少しずつ慣れてきて、前よりずっと穏やかな気持ちで過ごせてる。
もしこの手紙が届いたら、返事を書いてくれると嬉しいな。
最後に、
メル、あなたが旅を続けていることを聞いて安心した。
どうか体には気をつけて。またいつか、どこかで会える日を楽しみにしている。その時は、旅の思い出話をいっぱい聞かせてね。
ロゼより