ちゃんとお返しいたしますね
「エリカ・タチバナ! そなたとの婚約を破棄する!」
「……理由をお伺いしてもよろしいですか」
私は橘英里香。ド定番の異世界召喚ってヤツでこの世界に呼び出された、まあいわゆる“聖女”らしい。
で、王族との結婚が決められているというこれまた定番のアレで婚約者だったのが目の前で偉そうにふんぞり返っている第二王子のエドアルドだ。
「理由? ふんっ、決まっているだろう。美しくないそなたは私の婚約者に相応しくない。容姿はおろか、聖女の力を行使する時の呪文までもな!」
そりゃ美しくは見えないでしょうね。
バブル期に言われてた塩顔しょうゆ顔ソース顔で分類するならどろソース顔にお耽美てんこ盛りでこれ以上濃くなりようがない容姿こそが美しいと思い込んでる人たちだもの。
あまりにクドすぎて二口目を全力で遠慮したくなるお料理と勝負しても勝てそうなくらいクドい容姿にゴテゴテギラギラした衣装。それに負けないゴテゴテの悪趣味にしか見えない建物。
まずは「薄味風味の容姿に文句つけるくらいなら初めから平たい顔族召喚するんじゃない!」と怒鳴りつけてやりたいところだ。
とはいえここで迂闊な反論をして下手をうって奴隷扱いで酷使される未来も避けたい。
受け答えに頭を巡らせていると、目に優しくない原色のブリブリのフリフリなドレスを着た縦ドリルが王子の隣にやって来た。
「ああ、私の新たな婚約者は彼女だ。どうだ、そなたと違って美しかろう」
これまたゴテゴテしい……たしか回復魔法が使えると嘯いていて性格がブートジョロキア並におよろしい子爵令嬢がぴたりとどろソース男に張り付きこちらにドヤ顔を向けた。
私にとってはご遠慮したい範疇の人だけど、二口目を遠慮したいどろソースと一般人には耐えられない辛さのブートジョロキアの組み合わせは、ある意味お似合いと言えるだろう。
私は意識してニコリと笑顔を向ける。
「お似合いの婚約者が見つかってよろしゅうございました。せっかく円満にお互い合意しておりますので、双方に瑕疵がつく婚約破棄ではなくそもそも婚約をなかったことにする婚約解消とさせていただきたいのですが、いかがでしょう」
「ふむ。よかろう。恩赦として婚約解消としてやろう。慈悲深き私に感謝するがよい」
「では早急に手続きを済ませましょう」
余人が介入する間を与えぬようさっさと婚約解消の手続きを進める。
手続きを進めるための書類がすぐ揃えられたのはなぜか? そんな疑問は、ゴテゴテペアの頭の片隅にも浮かばないらしい。
ま、私が狙ってたからに他ならないわけだけど。
「ではこちらにサインを……はい、これで私との婚約解消が成されました。私の魔力で提出しておきますね」
書類の所定の位置に、そっと魔力を通すとふわりと持ち上がった書類はシュン、と消えた。
この世界(というかこの国、だけど)では、特定の書類のみだが所定の位置に魔力を通すと担当部署の提出ボックスに転送されるのだ。そこはとても便利だと思う。
考える隙を与えないようすかさず次の書類だ。
「お二人への婚約祝い代わりに新たな婚約の申請書を作成いたしましたので、こちらにお二人のサインを……見届け人エリカ・タチバナ、っと。では王子、こちらに魔力を通してください」
「よかろう」
書類がシュン、と消える。
「これで必要な手続きはすべて終了ですね。ではこれで失礼いたします」
「ああ、これでもう婚約者ではなくなったそなたの居場所は城にはないからな、さっさと城を出ていけ」
「かしこまりました」
くるりと背をむけて、ついニンマリしてしまう。
私があの呪文でできることは傷を治すことだけではない。そのことは誰も知らない。
十歩ほど離れてからこそりと私だけの呪文を唱える。
「これまで聖女扱いされたせい&王子の婚約者にされたせいで私が心身に受けた痛いの痛いの、城内にいる加害者の所へ飛んでけー!」
「きゃあっ」
「いやぁっ」
「ぐあっ」
「ふぐっ」
「ぎゃあっ」
「いたたた」
「うぎゃあぁ」
城のあちこちから様々な悲鳴が聞こえるのを全部無視して城を出る。
はぁ、ちょっぴりスッとした。
懐に忍ばせていた金貨や銀貨、宝石を手触りだけで確認する。
さて、これからどこで生活しようかな。
もちろん苦労はするだろうが妃教育どころか頭の足りない王子の全執務まで押し付けられていた今ほどひどくはないだろう。
まずは町民らしい服に着替えて宿を確保して、街の屋台で食料を購入。じっくりこれからの作戦を立てることにしよう。そうしよう。
きっと私の未来は明るいはず!
「痛いの痛いの飛んでけー!」って皆さんも子どもの頃やってました?
これで次の瞬間ケロッとしてた子もいたので効く人には効くんだなぁと驚いた記憶があります。
少し年齢が上がってからは幼児の面倒をみることがあって、その時に
「痛いの痛いの、あっちの山に飛んでけー! ……あっちの山の人が痛い痛いってなってる! バレないように隠れるぞー」
とか。
「痛いの痛いの、うんと遠くまで飛んでけー! うわぁっ、打ち返された! 痛ぁい! 早く飛んでけしてー。 いたたたた……」
とか。
そんな感じの遊びを取り入れながら相手をしてたことを思い出しまして。
何かネタにできないかなと捏ねくりまわしたのですが、こんなものにしかなりませんでした。
求厶文才!