遠吠え
僕がどうであろうと、君がどうであろうと淡々と日々は過ぎていく。
「・・・寒」
数日前までの、うんざりしていた暑さの感覚も、もう想像がつかない。
イタズラに微笑む子供みたいな君は、いつだって僕のことなんか見ちゃいなかった。
ほら、今も。
『こんなところで寝たら風邪引くよ』
僕の声は届かない。
広くなった部屋、余ったスペースから反響してくる君の声は僕の声と違っていつだって鮮明だ。
君の時間は進んでいく。
前より後輩に頼られるようになったんだろ、髪も伸びて大人びた。君じゃなきゃダメだっていうお客さんもいるんだろ。
僕はといえばどうだろう。君と比べて、僕はもう進むことも無い。
ふと、ベランダから流れ込む風でフワリと膨らむカーテンを、目で追う。
フラフラとそのままベランダに歩み寄る。
視線を落とすと、蝉の死骸が落ちていた。よく見れば、殻から出る途中で息絶えている。
『なんだ、お前僕と一緒だな』
僕は部屋の隅ですすり泣く君に、視線をうつす。
『ごめん。大好きだよ、愛してる』
こんな言葉、くさすぎて言えたものじゃなかった。届かない今だからこそ言えるようになった特権だと思う。
『・・・はは』
あぁ、だけど、君と居られるのなら、僕はまだ、僕の言葉はまだ土の中に埋まってたって良かった。愛を伝えられ無くても、君の傍に居たかった。
そのまま眠りに落ちた君に毛布をかけようとして、掴めない手に涙がこぼれた。
神様が居ないことはわかってる。だけど、願ってもいいだろうか。願わずにはいられなかった。どうか、どうか、この子が泣き止むまで、せめてひとりぼっちで悲しんでいる時くらいは僕の存在を許してはくれないだろうか。
『愛してる、ここにいるよ』
顔にかかった髪すらすくえない、何一つ、届かない。
僕に残されてるのは、想うことだけ。
月の光に反射した君の顔は、僕が生きてた頃より少しやつれている。
君がこちら側にくれば、もう一度。
『・・・』
君に手を伸ばしかけて、ベランダからの冷たい風で我に返る。
近頃、妙な考えに支配されることが増えた。
自分の内側の醜さが、軽くなってコントロールできないような、そんな。
『寒いなぁ、もう、完全に秋だ』
こんなに寒いのが苦手だっただろうか。
こたつ、暖房、電気毛布、元々必要ともしていなかったのに、寒がりの君に合わせているうちに、僕もすっかり君と同じ寒がりになってしまった。
君の隣に腰掛けて、窓の外の月を眺める
『どうか、もう少し』
もう少しだけでいい、君と居させてくれないだろうか。