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アイドル戦記  作者: あわき尊継


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11/22

第11話 鎮圧作戦 破

 獣っ娘大作戦は極東の島国に凄まじい衝撃を与えた。

 これまで単なる差別対象でしかなかった獣人、その姿をあろうことか絶大な人気を誇るあの二人のアイドルが真似て、堂々たる活動を開始したからだ。


 露出を増やし煌びやかな衣裳で笑顔を振り撒いたファーストシングル。

 様々な議論を呼んだ、解釈違いとも語られるセカンドシングル。


 そして、楽曲こそ伴っていないものの、二人がファンから寄せられた質問に答えるというそれだけの映像で、彼女らはケモミミとケモシッポを身に付けていたのだ。


 人々は混乱した。


 獣人など人に在らずと語っていた大商家の男は閉口し、暇さえあれば映像水晶を睨み付けていた。

 アイドルは我が国の象徴だからと毎朝馬車から降りて巨大姿絵に敬礼していた男はその時間を倍以上に増やし、普段はファーストシングルばかり流しっぱなしにしているコーヒーショップでは店主が諸事情により休業を宣言、お茶会の女王と呼ばれたさる貴族女性は午後の予定を全て取りやめにして部屋に籠もった後、信頼する側近にこの耳と尻尾をどうやれば手に入れられるかと質問した。


 可愛い。


 どう見ても、可愛いかった。


 しかも何故か、普段は柔らかいながらも凛々しさを兼ね備えたアリーシャなどは、時折妙な仕草をしていたのだ。

 アレはまさか、と誰かが野良猫を見やった。

 似ている。

 そう、まさしく彼らが獣人を下に見ていた原因である、獣のような振舞いにこそ可愛らしさがあるのだと誰かが気付く。


 加えて一部のレイラファンは発狂していた。

 レイラと言えば、洗練されたアイドルとしての振舞いに見え隠れする幼さ、そしてアリーシャをも超える圧倒的なパフォーマンス力に裏打ちされた自信を兼ね備えた、こじらせ職人とも呼ばれていたのだが。

 セカンドシングルで見せた孤独と悲哀、そこから更に踏み込んだ、小型犬の如き気弱さと荒さを見せ付けてきたのだ。


 嬉しい事にはシッポを激しく揺らし、ちょっと踏み込み過ぎた質問者にはシッポをボーボーに膨らませ、なのに時折傍らのアリーシャを頼る様にして身を縮める。


 レイラには否定的とも言えたアリーシャの女性ファンもまた吠えた。

 庇護を求めるレイラを当然の様に受け入れる、彼女のツンとした態度に頭が沸騰したのだ。


 激論が交わされ、叫び、踊り、歌い、また激論を交わして。

 混沌を極めた三夜を越えた頃、


 再び募集を始めた新アイドル選出会場には、これまで決して姿を見せる事の無かった、獣人を始めとした様々な亜人達が集まってきていた。


 そうしてある瓶底眼鏡の青年は、静かにほくそ笑んだという。


    ※   ※   ※


 アイドルのステージに空席無し。

 その言葉が示す通り、『研修生』達の初ステージにも大勢の観客が詰めかけていた。


 老若男女、身分も貧富も人種も関係無い。


 芸能神に捧げる神事である為、基本的に金銭を要求しない形式をとっている事もあるだろう。

 しかし無料であるにも関わらず、開催する度に多額の寄付が行われ、一定額を寄付した者には席の優遇措置があるとして注ぎ込む者が絶えない。加えて以前より販売されてきた写真集、そこにアイドル直筆のサインが描かれているものや、その他多数のここでしか買えないグッズが並んでいるとあって、ツワモノは十日以上前から現地に並んで開催を待っていたという。


 ただ、席の優遇については批判的な意見もある。

 アイドルは芸能神マップァに仕える巫女、そして信徒(ファン)に貴賤など無い筈ではないか、と。

 金の多さでこの愛を測るのかという批判を受けたPは、現在調整を進めているとの通達を出し、沈黙している。


 そういった幾らかの軋轢を生みながらも、いざアイドルがステージに立ったのなら人々の心は釘付けとなる。


 曲が始まり、踊りが始まり、そして――――


「………………戸惑って、居る様だな」


 ステージ裏へと引っ込んで来たアリーシャは、傍らで椅子に座ってのんびりと飲めないアイスコーヒーに口を付けているレイラに語り掛けた。

 どうしても慣れない苦さに小さく唸りながら、興味の薄そうな様子で応じてくる。


「ヘタクソですからね」


 真理を突いた一言に彼女も返す言葉を選ぶ時間が必要だった。

 悩んでいる間に追撃が来る。


「選出からステージまで、あまりにも期間が無かったんですから当然です。いかにお兄ちゃんと言えども、素人の集団、それもあんな暴力的な数を育て上げるなんて最初から無茶だったんですから」


「そ、そうだな……四十八人も居るし……彼女達ももうちょっと期間があれば上達すると思うんだが」


 センパイ、センパイ、などと呼ばれて拙いなりに直接教える事もあったアリーシャは、まるで我が事の様に思い悩み、甘い事を言うが、それも少々視点がズレていた。


「彼女達は『研修生』。アイドルの卵、未熟な子達という前提で売り出しています。アレでいいんですよ。私達という完成形を存分に見せ付けている以上、同格のものをただ並べても価値は低い。未熟だからこその成長、アイドルへ至るまでの足跡をファンに体感させるのが狙いです」

「しかし……折角ステージに来てくれた観客が盛り上がってくれないのなら、これは失敗と言えてしまうのでは、ないか……?」


 すっかり染まった言葉にレイラは苦くて黒い液体を飲み下し、一度瞼をきゅっと閉じてから息をついた。

 口の中に残る苦さ、それを誤魔化すみたいに強い言葉で。


「お兄ちゃんのプロデュースを舐めないで下さい。自分達の都合だけ押し付けて、それで満足すればいいだなんて思ってません」


「…………そうだな」


 失言だったとアリーシャも頷く。

 狙いは、仕込みはまだあるのだ。


 レイラとアリーシャ二人による舞台挨拶で場は整えた。

 始まったパフォーマンスは微妙、けれど、


「ほら、『特待生』が出てきましたよ」


 お遊戯会のようでもあったステージに、僅かながら重さと張りが出る。

 今までずっと後ろに控えていた三人、その中央(センター)を許された少女がマイクを手に、伸びやかな声で歌い上げる。


 僅かにざわめき始め、気の抜けていた観客をぶち抜く見事な歌唱力。

 加えて左右に陣取っていた二人が、これまた見事な踊りを披露するや、ざわめきは歓声となって人々を沸かせた。


 彼女達こそ『特待生』。

 未熟な『研修生』の中にあって、極めて秀でた実力のある者だけに名乗る事が許された三人なのだ。


 確かにPがプロデュースをする時間は短かった。


 だが、世にアイドルが出てから十分過ぎる時間は経ったのだ。


 映像水晶は子どもでも買える駄賃で販売され、僅かな魔力でも稼働する為、どんな者でも手に入れることが出来た。そうではない貧困地域には無償でばら撒きすらした。食料と共に映像水晶を受け取った者達は、暇を見付けてはこの世の輝きを目にして、憧れを募らせたことだろう。


 故に真似る。

 歌を真似、

 踊りを真似、

 表情を研究して、

 演出の意図を理解し、

 肉体を鍛え上げて、

 美しさを磨き上げ、


 自らもまたあの輝きのようで在りたいと憧れて、『研修生』になった者も居るのだ。


 独学である為、アリーシャやレイラには及ばない。

 見落としや、考えの甘さ、勘違いもあった。

 けれどPによるプロデュースを受ける内にますますの成長を経て、未熟者の中にも輝くアイドルの卵が居るのだと『特待生』の名を与えたのだ。


 無論、他の研修生にもそうなる機会はある。

 今はまだ始まったばかり。

 次また同じ者がああして機会を与えられるかも分からない。


 それに、パフォーマンス力だけがアイドルの全てではないのだ。


 盛り上がる会場、再び出て来る大勢の研修生達。

 三人の姿を呑み込み、またステージがぼやけるかと思われた時、そこから飛び出してくる者達が居た。


 獣人と、そう蔑まれていた者達だ。


 まず翼持つ二人が見事な軌道で観客の頭上を飛び抜けて、その後に複数の獣人アイドルが客席に通していたロープや柱を使って縦横無尽に駆け回る。

 四方八方に視線が釣られ、ある者は地上を掛けて設置されていた通路を抜けながら身を伸ばしてくる観客と手を合わせた。

 あの二人、レイラとアリーシャには無かった距離の近さ。

 圧倒的な存在感で以ってパフォーマンスを繰り広げる二人とは違う。なぜなら彼女達は『研修生』で、今はまだ観客達とそう変わらない、駆け出しなのだから。

 故に沸き立つ親近感。

 未熟なら、成長すればいいのだ。

 選出からこのステージまで、あまりに時間が無かったことは広く知られている。

 粗製乱造を嫌う者達も当然居た。

 だがどうだ、未熟さをウリにした彼女達を見るに、一部のファンは入場前に購入した全アイドル紹介用写真集を開いて見比べ始めた。

 あの子がこれで、あの子はこっち、おぼろげだった顔と名前が一致していき、それぞれの詳細や自己紹介に目を留める。

 今日は『特待生』としてのパフォーマンスを許されなかったが、他の子と比較してもあの子は上手かったのではないか。いいや、こっちの子の笑顔は素晴らしい。腕前は分からないが、不思議と見ていたくなる。


 無数の、多様なアイドルの入り乱れるステージは、まるで秘境を旅する様でもあった。


 道具は既に用意されている。

 ならばと、自ら分け入って行く者が現れたなら始まりだ。


「…………うん」


 ステージ裏で先ほどまで心配のあまり気を揉んでいたアリーシャが、曲を終えた会場全体を見ながら頷いた。

 楽しんで貰えている。

 観客は笑顔だ。

 そしてステージに立つ者達も楽しそうにやれている。

 まだまだ、慣れない場に緊張している者も居るが。


「どうにか、やれているようだな」

「さっきまでオドオドしていたのに単純ですね」

「っ、仕方ないだろう。お前ももうちょっと、後輩と絡んでやったらどうなんだ? 彼女らのレッスン室には全く顔を出さないし……一応芸能神の分霊なんだろ、巫女を労うくらい……」


 言うとレイラはツンと顔を逸らした。

 ステージの上ではあんなに表情豊かなのに、平時の彼女は大抵自分のペースを崩さない。

 神だから、と言われればそうかも知れないが。


「さあ、私達の出番ですよ。今日は歌も踊りもありませんけど、センパイとして後輩を盛り上げてあげなきゃですから」

「あぁ分かってる。お前の方こそ大丈夫なのか……?」

「当然です。事ステージ上で私が失敗なんてする筈ありません」


 立ち上がった彼女へ専属の者が寄って来て、衣裳や化粧を整え直す。

 パフォーマンスが無いとはいえステージに立つのだから、一片の曇りも許されない。

 研修生ではなく、アイドルとして。


 見事なまでのウォーキングでステージ裏から出ていくレイラを追って、アリーシャは付き従う騎士のように寄り添って歩いて行った。


    ※   ※   ※


 二人の登場によって会場は更なる興奮に包まれ、しばらくマイクを通した声さえもぼやける状況となった。

 研修生達がしっかりと役目を果たせた証拠だ。

 我が事の様にアリーシャは誇らしくなり、迎えてくれた彼女らの手を取る。


 既に全員の顔と名前は一致させていた。

 四十八名と聞けば結構な数だが、騎士団長として大部隊を指揮するのなら、それ以上に覚えるべき者の数は増える。あまり身近な団長ではなかったのは確か。それでも彼女なりに、戦友達を大切に想ってはいたのだ。


 興奮した様子で涙まで浮かべている研修生達を讃えつつ、ハンカチで目元をそっと拭ってやった。

 メイクが崩れているぞと、場が乱れている内にステージ裏へ行かせて手直しを促す。

 そんな一幕を見て会場はまた湧いた。

 最近、多くの女性ファンを獲得しているアリーシャだ、憧れの王子様は誰かと街中で聞けばその名が挙がる人気ぶりである。

 ごく自然にこういうことをするのだから、研修生の中にも目の色を変えている者が複数居る。


 と同時に、今まで顔を合わせる事の無かったレイラを見て、笑顔で語り掛けられた途端倒れてしまう者まで現れた。

 急ぎ救護班が連れて行くも、幸せそうな顔をしていたので大事無いだろう。


『ふふっ、レイラの魅力が凄すぎたかな?』

『調子に乗るな。ほらっ、観客が待っているぞ。仕事仕事っ』


 マイクを手に話しをする、それが今回二人の役目だ。

 ケモミミ・ケモシッポ事変でファンからの質問に答えるという映像が出た事で、ステージ以外での彼女らが公開された。

 それが思っていた以上に好評であった為、こうして研修生を応援する立場での司会進行を行うことになったのだ。


『えーっ、そんなにレイラの事が好きなのー? もう、しょうがないなあ。後で踊りのコツ、教えたげるねっ』


『おーいっ。私一人に進行を任せるなーっ』


 マイペースなレイラと、真面目なアリーシャ、その味を生かしたやり取りも交えると観客は大いに喜んだ。


 というか、レイラと研修生の絡みは予定に無かったのだが。


 手伝いに来てくれた特待生との話で場を繋ぐ傍ら、アリーシャはレイラの様子を伺う。


 ステージ裏に居た時とはまるで違う、表情豊かでちょっと調子に乗った様な発言もある、『アイドル』レイラだ。

 今までまるで興味を向けていなかったことなどおくびにも出さず、楽しそうに研修生達と絡み、真面目に進行をするアリーシャの邪魔をしてくる。遊んでいるのはいいが、マイクを通さずやってくれたらいいのにとも思ったが、先ほどからいい具合に場が湧いているので狙い通りなのだろう。


『おーい。そろそろ戻ってこーい。頼むから、ねえっ』


 アリーシャの言葉に会場が笑いに包まれる。

 全く上手いものだと彼女も感心した。


 ああして研修生と絡み続けることで、トーク中も彼女らを置き去りにしていない。

 本来は特待生三人を中心としたセンパイ後輩トークを行う予定だったが、それでは三人に焦点が当たり過ぎると考えたのだろう、と。


「え? そ、そぉお……?」


 マイクを通さない声に目を向ける。


「そっかなぁ……、でへへ、ありがとぉ……!」


 いや、と。


「可愛い? アナタだって素敵だよぉ、お化粧頑張ってるの分かるもん。さっきのサビのステップね、結構綺麗にやれてたよ? ふふぅん」


 アリーシャは静かに歩み寄ってマイクを近付けた。

 それはもう伏兵として敵地へ浸透している時さながらの静けさだ。


『そぉんなことないよぉ……っ。でもありがとね、嬉しい。ふふっ、皆アイドルが大好きなんだねぇ。嬉しい。頑張ろうねっ――――て、なにやってるの!? きゃああああ!?』


 慌てる彼女にアリーシャは言った。


『お前研修生大好きだな』


 途端、寂しがり屋の芸能神(分霊)は顔を真っ赤にして叫ぶ。


『そ、そんな訳ないでしょ!? レイラはレイラが一番なのっ、ちょっとサービスしてあげてるだけなんだからっ』

『分かった分かった。だからそろそろお仕事だ。後で好きなだけ大好きな後輩と絡めばいいだろ』

『だからぁ……っ!!』


 なんてやりとりもありつつステージは好調に進行し、次なる歌を披露した時にはもう、観客の戸惑いは無くなっていた。

 彼女らは研修生。

 やがてアイドルになる者達。

 そういう理解が進めば、また別種の愉しみ方が出来る。


 ライブは成功した。


 それをしっかりと見届けたアリーシャは、引っ込んでいったステージ裏から遠く空を見上げる。


「私達はやり遂げたぞ。次は、お前の番だ……」


 反乱軍鎮圧作戦、それがもう、始まっている筈なのだから。






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