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アイドル戦記  作者: あわき尊継


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10/22

第10話 鎮圧作戦 序

 反乱軍が占拠を続ける都近郊の砦では、今日もまた露出反対のプラカードを掲げた者達が訴えを続けていた。


 現状維持を命じられた現場指揮官は類稀なる根気強さで包囲を続け、一方で補給路の分断だけは行わずに指示を待ち続けた。

 挑発や罵倒もあったことだろう。

 包囲だけして何もしないと、都の者達からも馬鹿にされた。


 耐え難きを耐え、強行突入へ転じることなく居座り続ける、忍耐の将。


 そんな彼が急を要すると報告してきたのだから、Pもまた快く応じて現場へと馳せ参じたのだが。


「ふむ、指揮官」

「はい」

「増えているな」

「はい。増えました」


 反乱軍が勢力を増している、それは由々しき事態であるのだが、問題は増したその勢力だ。


「聞くに、牙の国の男は皆頑健で、頭皮もまた勇ましいものに成り易いと聞く」

「みたいですね」

「女は二十前後までは妖精の様に可憐で幼いが、二十半ばを過ぎた途端に血が覚醒して、男を遥かに上回る筋肉の化身となるのだとか」

「私もそう聞き及んでいます」

「ロリコンが多くなる訳だよなぁ」

「ろり……? なんですか、ろりこん、とは」

「異大陸語だ」


 適当に誤魔化して砦を見やる。

 そこで元気良くプラカードを掲げているのは、侵攻時にも見た筋肉質で調子乗った感じの勇ましい頭皮の男達。似合っているからそれはそれでいいのだが、彼らが真実牙の国の戦士であるのなら、この国の防衛策についてもっと真剣に考え直さねばならなくなる。


 しかし、国内での反乱だけならいざしらず、外国の後ろ盾を得て抗戦を続けるのであれば、事態は更に困難となるだろう。


 ただ。

 ただ、だ。


 ある一定の確率に於いて、彼らが個人的な、主義性に乗っ取って行動している可能性についてもPは考慮していた。


 なにせ反乱軍の大半はレイラ派の人間である。

 アリーシャの勇ましい姿を求める女性ファンも居るのだが、いささか拗らせ度合いが酷いのはレイラファンなのだ。


 清楚系アイドル派とロリコン、二つの勢力が結び合うには十分な要素にも思えた。


 だってさっきから、本当に楽しそうにプラカードを掲げてソロ曲を歌いあげているのだから。アレが工作員であるのなら優秀過ぎる。


「どちらにせよ、国内の混乱を助長されているのは事実。実行力のある部隊を連中が握ったことも考えれば、今までの様に現状維持だけでは厳しいか」


「はい。どのように対処すべきかと、こちらでも判断しかねている所です」


 指揮官はよくやってくれている。

 牙の国の合流も、無理に咎めれば戦いになっていたかもしれない。


 芸能神を頂く稲穂の国にとって、それは始まってしまった時点で負けなのだ。


 故に通し、引き続いての包囲を続けていたのだろうが、なにより部下を上手く纏めているというのがありがたい。

 戦士にとって戦うなと指示する事は、アイドルにステージに立ちながら歌うなと要求するようなもの。実に耐え難く、暴発の恐れがあったことだろうとPは感心する。


「現状は理解した。だが、こちらも手をこまねいている訳ではないのは理解して欲しい」


「承知しています、P。しかし、報告にも添えたものとは思いますが……」


「レイラによる説得だな。それはおそらく、連中のより頑な行動を引き起こしてしまうものと考えている。当初は二人の身柄を寄越せとまで言っていた奴らだ。それを強行出来るだけの戦力を得た今となっては、あまりにも危険」


 Pは砦を見上げ、踵を返す。

 同じアイドルを信奉しながら、こうも人々は分かり合えない。

 悲しむべき事だが、同時に強い意志による信仰こそが芸能神に力を与えてくれる。


「ままならないな」

「はい?」

「いいや。こちらは引き続き任せる。貴方がたの奮闘に見合うだけの努力を、こちらも行うと約束するよ」


 そうして彼は馬車へ乗り込み、都へと走らせた。


    ※   ※   ※


 アリーシャは悩んでいた。

 ここしばらく、あのPが深く思い悩む姿を見せているからだ。


 アイドルとして声を掛けたならば、それに心底惚れこんでいる彼は大喜びで応じてくるだろう。

 だが今回、出来ればその手を使いたくなかった。

 理由は特にない、とアリーシャは思っている。

 なんとなくだ。

 なんとなく、アイドルアリーシャではなく、ただのアリーシャ=ベルファリオとして彼の力になれたらと思ったのだ。


 だがそうなると何をすればいいのか分からない。

 ただのアリーシャ=ベルファリオは、それこそ青春と呼べる時間の大半を戦場で過ごしてきた、武骨なだけの女である。

 趣味らしい趣味はなく、休みとなれば己を鍛え、兵法を学び、作戦指揮所へ顔を出しては書類を漁る、そんな生活を繰り返してきた。


 何かないだろうかと彼女は悩む。


 悩み抜いて、どうしても思い浮かばなかったので、最終手段に訴える事にした。


「お兄ちゃんと休みに何をしていたか、ですか?」


 レッスンの休憩中、いつもはあまり雑談をしない二人だが、彼の事ならば幼い頃から一緒だったレイラが最も詳しいだろうと尋ねてみた。

 彼女は最近Pが好んで飲んでいるという、大陸からの輸入品であるアイスコーヒーに口を付け、慣れない苦さから悔しそうな顔をする。


「まさか全ての時間をアイドルに費やしてきた訳でもあるまい。休暇中にあの男がどんな事を過ごしていたのか、少し興味が湧いてな」


 何気無さを装って聞いてみたが、レイラは瞼を半ばまで落として「ふーん」と疑いの目線。

 しかしアリーシャとて炎髪姫と呼ばれた元武人である。

 神の分霊を名乗る少女の一睨みをさらりと受け流し、お気に入りのミルクティーで喉を潤す。

 茶葉の香気とミルクの甘さが口の中で広がり、実に爽やかな気持ちに慣れた。


「……まあいいですけど」


 とレイラは一言置いて。


「結構色々やりましたよ。ウチは田舎でしたし、川釣りや川遊びや、竹馬とか球蹴りとか、お兄ちゃんは色んな遊びを知っていましたから、それを領土の子達も呼び込んで一緒に楽しんでいました」


 意外なほど普通な内容にアリーシャは驚いた。

 今でこそ狂信者とも言われる事のある男だが、そういう時期もあったのかと。


「豊かな感性が優れたアイドルを育てる、というのがお兄ちゃんの持論でもありましたから。歌や踊りなんかのパフォーマンスを、ただ機能的に行うだけじゃあ駄目だ、と。その為にはより多くの遊びを知って、遊び心を育む必要があると言われました」


「はは、結局そこへ行きつく訳か」


 笑い、けれど納得する。


「お前達はずぅっとアイドルの為に生きてきたんだな。遊び心か……正直私には自信がないな」

「まあ、貴女には貴女の強みがありますよ」


 慰めとも付かない言葉に首を傾げるが、レイラはそれ以上言うつもりは無いらしかった。

 なので手にしていたミルクティーを飲み干して立ち上がる。


 少し長く話し込んでしまった。


 身体を大きく伸ばし、裾を整える。


 結局Pを喜ばせるにはアイドルが一番なのだと確認しただけだ。

 悔しさもあったが、筆頭とも呼べる自分を思えば誇らしくもある。


「そういえば、例の大規模ユニットの選出が滞っているそうだな」

「みたいですね。応募者は多いんですが、質の問題があって」

「質、か。そこを問わずに数を集めるという話じゃなかったのか?」

「限度があるという話です。誰も彼も、私達を参考にし過ぎていますから。このままでは計画がとん挫するかも知れないと、ここの所ずっと悩んでいるんです」


 なるほどそれでかと、アリーシャは口元に手をやる。


 セカンドシングルでアイドルへの新たな解釈を提示したものの、人々にとっては未だに、ファーストシングルのような可愛くて煌びやかな像こそがアイドルなのだろう。

 分からないでもなかった。

 原型というのは容易くは変わらない。

 多様な型を得たとしても、そこが出発点であるのなら。


 ともあれ、心配ではあるが安堵も出来る。


「アイツならばなんとかするだろう。例の珍妙な発想で……新人達には悪いが、しばらくそちらへ傾いているというのなら伸び伸びとレッスンが出来る。私なりにやってみたいことも出来たしな」


 前回のセカンドシングルはアリーシャにとっても非常に良い影響があった。

 笑顔を振り撒くアイドルとして、かつての苛烈な自分を否定している所もあった彼女は、アレをファンが肯定したことによって地に足が付いたような安堵を得たのだ。


 己のあるがままを。

 その一方で、人々の求める笑顔を。


 結果として笑顔は更に魅力を増して、今や正統派アイドルとしての地位すら確立しつつある彼女は、重ねて一つの言葉を作った。


「最近、少し楽しくなってきた」


「良い事です」


「使命感だけでなく、自分でもああしよう、こうしようという発想が湧いてくる。人を殺す為では無く、人を笑顔にさせる為……あぁ、それはとても幸福なんだ」


 さあレッスンを始めよう。

 鏡に映る己を見詰め、人々の求める偶像を演出し、より美しく磨き上げていく。


「何よりあの男がまたぞろ妙な事を言い出す心配をしなくて済む。しばらくは落ち着いた気持ちでレッスンにハゲ――――」


    ※   ※   ※


  「って、ふざけるなーっ!!」


 翌日、レッスン室でアリーシャは吠えていた。


「相変わらず律儀な人ですね。ちゃんと身に付けてから文句を言うなんて」


 レイラから淡々としたツッコミを貰いつつ、炎髪姫と呼ばれた事もある騎士団長は鏡に映った己を見る。

 肌の露出が多い衣裳はいつもの事。

 方向性の違う歌で一時的に覆いが増えていたものの、基本はそっちなのだと理解はしていた。


 だが、今日はそれだけではなかったのだ。


「あ……あぁ……、あああっ、なんだこの耳と尻尾はああああああああああああああ!?」


 ケモミミ。

 ケモシッポ。


 しかも何故か、こちらの感情に合わせて稼動する。

 ぼーぼーに膨らんだ尻尾がスカートをめくれ上がらせるのも構わず、アリーシャはPへ喰らい付いていく。


「なんでこんな格好をさせるんだ!? 大規模ユニットの選出はどうした!? わああっ、勝手に動くから衣裳がっ!? こっち見るなぁっ!?」


 自分の尻尾と格闘するという、犬猫あるあるを自ら実践するアイドルにPは感銘を受けて瓶底眼鏡を怪しく光らせる。

 また始まった!! とPくん係アリーシャちゃんは身構えるが、基本的に被害者であることを周囲はあまり考慮してくれない。


「まさしくお前達の新衣裳は、その大規模ユニット選出を後押しする為のものだ」

「一体どこが!?」

「多様性とはなんだ……!!」

「知らん!!」


 叫ぶケモミミ女ことアリーシャ。

 対してPはいつものアレで、嘆かわしそうな顔をしてきたので殴りたくなった。


「リスペクトと尊重こそが多様性の根幹である!! 己との違い、それが価値観にそぐわぬものであろうとも認め、合わぬと思うのなら距離を取る!! 相手の倫理を土足で踏み荒らし我が物顔でご高説を垂れることでは決してない!!!!」


「だからそれが、っ、わあ!?」


「我が国、というよりはここ東方には古くから獣人差別というものがある。中原に比べれば文明的に劣っているのは同じながら、広大なサバンナでより原始的に生きるかの者達を殊更に蔑み、笑い者にしたがる。貴族が檻で飼っていた話もあると聞き及んでいるし、見世物小屋には今でも時折現れるのだと。故にこの差別意識は根深い」


 理解はするが、それどころではなかった。

 何故なら耳と尻尾を付けてからというもの、妙に嗅覚が敏感になり、近寄ってきたPのソレを強く感じてしまっているのだ。

 勝手に揺れて、更に揺れて、心がどうにも落ち着かない。

 そういう状態にあるとどうしても知られたくなかったアリーシャは、赤面しているのにも気付かず胸を張って向かい合った。


「それについては私も知っているが……スン、彼らは戦士として優秀だったし、スン、上位の者には忠実だったからな、スンスン、完全に無いかと言われたら分からないが、正直差別などしている余裕はなかった…………スンスンスン」


 幾分、理性が緩んでいる所も無いでは無かった。

 ただし話している事に偽りはない。


「つまりなんだ……お前は大規模ユニットに獣人達も加えたいと考えているのか?」


 問いには応じず、Pは更に踏み込んで来た。

 匂いが強くなってアリーシャの頭は沸騰する。


 同時に何故か鼻先を擦り付けたくなった!!


 何故か!!


「ケモミミは、ケモシッポは、可愛いのだ」

「っ、ぁ、はあ!?」


 Pは拳を握り、力強く宣言する。

 そう、それはまさしく単一の価値観しか認めようとしない反乱軍への宣戦布告に等しい言葉。


「これはまだ始まりだ……! 清楚だ破廉恥だのという狭い了見で言い争っている馬鹿共を蹴っ飛ばすッ、圧倒的なジャンルの奔流を見せてくれる!!」


 尊重とか言った癖に、結局悔しくて怒っているのである。


「故にまず!! 獣人を差別だなんだと下らん色眼鏡で見ている馬鹿共にっ、お前達の獣っ娘大作戦でっ、ケモナー魂を宿らせてやるのだ!!」






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