①失われた歴史と一冊の本
―――時は遡り。
デルが出発したその夜。
フォースィは集落の中にある倉庫に足を踏み入れた。
今日は魔法を使っていない。体の中に魔力がある程度蓄積しているのが分かる。あと二日もすれば、真紅の神官服も着る事ができるだろう。彼女は、自分が着ている借り物の服の大きさを見ながら考える。
隠し階段を降り、その先の分かれ道を左へと進んだ。
「二百年………人の考えが変わるには十分な時間だったわね」
書庫の扉を開けると、目の前には王国の歴史がつづられている本が並ぶ本棚が置かれている。
フォースィはそれを順々に確かめながら背表紙に指を這わせ、11と13の本の間でその指を止めた。
「12巻」
巻数と同じ当時のリリア女王の時代の歴史は、多くの真実が隠され、公にされている事象は後付けされたものが多い。
カデリア王国と戦争があった。その戦争に勝利した結果、カデリア王国が滅亡、併呑され、ウィンフォス王国はこの大陸一の大国となった。
どの歴史書にも載っている文言だが、その過程の多くが載っていない。古い絵やタペストリー、言い伝えで断片的に残っている物語はあるが、どれもが矛盾をはらみ、いずれも突拍子もない内容ばかりで、国民の大多数は信じていなかった。
多くの人間にとって生活には差し支えない為に無関心とされているが、一部の歴史家や探検家からは『失われた歴史』として調査や研究が続けられている。
「本当はあるのよ」
フォースィは肩にかけてあった鞄から、薄い動物の皮をなめしたものに包まれた四角い包みを取り出した。そして、なめし皮を開くと、二冊の本が姿を現す。
その内の一冊には表紙と背表紙には12の数字だけが記されている。フォースィはその本の最初のページをめくり、真っ白な空白に誰かが追記した文章に目を通した。
この時代に呼ばれ、この時代に翻弄された一人の人間に最大の感謝と謝罪、そして永遠の愛を込めてこ
の本を記す。願わくば二度とこのような時代が訪れない事を切に祈り、この本を遺す。
未来の我が子らよ。この大陸の全ての者らよ。
この世は多くの生命の犠牲の上に成り立っている事を、ゆめゆめ忘れる事なかれ。
フォースィは静かに本を閉じ、本をあるべき場所に納める。
「これで王城に存在するはず12巻は事実上、紛失した事となる訳ね」
本の事を、そもそも本の内容の事をどこまで彼は知っているのか。フォースィは今回の件を依頼してきた不良青年の表情を思い出しながら、納めた本の背表紙を指でなぞった。
「きっと信じてはくれないわよ、こんな話」
フォースィは、この本の中を全て知っている。そして、今ではその多くが古い絵やタペストリー、言い伝えで断片的に残っている物語のほうが真実であった事を知っている。
「リリア女王陛下………申し訳ありません。今その歴史が繰り返されようとしています」
フォースィが小さく呟く。




