⑪西を目指す
「団長」
屯所からデリ直前。デルの後ろから、バルデックが声をかける。
「何だ、まだ寝ていなかったのか。いいから、お前も早く寝てしまえ」
無意識に目が閉じそうになる崩れた表情のデルは、手を払いながらバルデックをあしらおうとする。だが、彼は疲れながらも神妙な顔つきでデルに笑みを見せた。
「出発隊八名、既に外で待機しています」
デルは何も答えなかった。そして、何も言わずに外へ出ると、既に遠征の準備を終えた騎士達と馬車が用意されている。
「………お前達、どういうつもりだ?」
デルが睨みを利かせた。
「何言っているんですか、団長!」
「そうですよ、お一人で行くつもりだったのでしょう?」
デルと同じ年数を騎士団で過ごした小隊長、それよりも前から銀龍騎士団にいた古参の騎士達が、怒った顔で驚く団長の顔が見れたと喜んでいる。
「物資も資金も必要な物は馬車に詰め込んであります!」
「いつでも行けますよ! 団長」
領主の館から金銀財宝を見つけた二人の騎士が馬車の幌を叩きながら、横に立っている。
「団長、水臭いですよ。一体何年一緒にやってきたんですか?」
バルデックの小隊に配属されたデルの元部下の騎士が鼻を指で擦る。
他にもデルと付き合いの長い小隊長級の騎士達が朝日を背中にして笑っていた。
「団長、申し訳ありません。我々だけで勝手に準備を整えていました」
最後にバルデックが言葉をつける。
バルデックはデルの休息の指示を受けた後、他の騎士達にその指示を伝えに行きながら各小隊長級の騎士や古参の騎士に相談を持ち掛けていた。
団長は一人で本隊に行く可能性がある。
多くの騎士達が、デルの性格を理解した上で同じ結論に達した。
そして作業準備を進めつつ、騎士達は先発隊を密かに編成し、出発できる準備も同時に進めていたのである。
「これは生き残った騎士達全員の総意です」
既に眠っている騎士達も、この事は全員が知っていると、バルデックが言葉を強める。
「………そうか、どうやら一本取られた様だな」
デルは彼らの行動を咎める事なく、両手を小さく上げて降参する。
「まったく、うちの騎士団には馬鹿が大勢いたのか」
「ええ、その馬鹿な騎士達の団長なので、きちんと責任は取ってください」
バルデックが笑うと、他の騎士達も一緒になって肩を震わせ始めた。
「バルデック………お前も言うようになったな。もう小隊長としては一人前だ」
「ありがとうございます」
デルはバルデックと握手を交わす。
「………他の騎士や、フェルラント達を頼む」
デルの言葉にバルデックが僅かに驚く。
逆にしてやったとデルの口元が緩む。
「何年一緒にやってきたと思ってるバルデック。お前はここに残るんだろう?」
今いる騎士とデルの分の馬を合わせると一頭分少ない。
バルデックはお見通しでしたかと目を静かに閉じ、小さく笑みを返す。
「私の小隊で唯一生き残った部下をよろしくお願いします」
「当たり前だ。俺の部下でもある」
二人の手が離れた。
デルは一度だけバルデックの目を見ると、すぐに踵を返しで用意された馬にまたがった。
「行くぞ、お前達!」
朝日を背に、デルの声が青い空を突き抜けていく。
―――間に合って欲しい。全ては我々にかかっている。
目指すは大都市ブレイダス。本隊へ情報を伝える事である。




