⑥蛮族に非ず
「魔王軍と言う割には、随分と薄情な奴らだな」
デルは両手の武器を鞘に収める。
「………所詮は辺境の者達で寄せ集めただけの烏合の衆。付け焼刃の部隊よ」
アイムは周囲の炎で明るくなった夜空を見上げながら、乾いた笑みを零す。そして右腕で突き刺さった短剣を引き抜くと傷口に手を当てた。
彼女の右手は僅かに淡い緑を放ったが、すぐにその光を失う。
「………魔力も尽きたみたいね。『紅蓮のアイギス』は随分と魔力を消費するから」
可能性は全て潰えた。アイムは何度も咳き込みながら血を吐くと、急激に顔色を悪くしていく。
デルはアイムの傍まで歩くと、無言で片膝をついた。
「彼女達に伝えることがあれば、聞こう」
「は………蛮族相手に何の冗談で?」
一笑に伏そうとしたアイムだったが、彼女は視線を逸らすと一旦目を瞑り、考えた言葉を紡ぐ。
「妹に………残った部隊をまとめて本隊に合流しなさいと」
「分かった」
それに、と彼女は最後の力を振り絞る。
「もう少し冷静になりなさいと、あの子に伝えてちょうだい。姉からの………最後の言葉として」
「それも伝えよう」
デルが頷くと、アイムは目を瞑ったまま、その表情が変わる事はなかった。
デルは立ち上がって目を瞑ると、バルデック達が喜びの声を上げながらデルと合流してきた。
「団長! ご無事で!」
「………ああ」
バルデック達の喜びとは逆にデルの声は重たかった。
「へっ! 蛮族ごときが俺達、人間に勝てるかよ!」
「全くだ! このまま本隊に向かった奴らも皆殺しだ!」
他の騎士達も次々とデルに合流し、互いに肩を組みながら無謀とも思えた作戦の勝利と奇跡的な生還に興奮が冷めきれないでいた。
「止めろ」
その雰囲気の中、静かに声を荒げたのは他でもない、団長のデルだった。より大きな声で勝利に酔いしれいていた周囲の凱旋気分は一気に消え去り、彼らの動きが止まる。
デルは生き残った騎士達の顔を一人一人見てから頷き、静かに声を出した。
「もはや彼女達は蛮族ではない。恐ろしい力を持った魔王軍だ。そしてこの司令官は俺と正々堂々と戦い、そして死んでいった。彼女を蛮族だと蔑む奴は許さんぞ」
デルの言葉に今まで叫んでいた騎士達が、その覇気に煽られ、思わず息を飲む。
「全員、気を付け!」
バルデックが声を上げた。
彼の声に今まで下を向いていた騎士達が、無意識に近い形で直立する。
「我らが団長と戦った敵司令官に対して、黙祷!」
騎士達が目を瞑ったまま静かな時が流れる。
「………ありがとう、バルデック」
デルが感謝するとバルデックは小さく頷き、全員に黙祷を解かせた。
それとほぼ同時に、北門から馬が近付く音が聞こえてくる。
その正体が、デルには分かっていた。
彼はやや騒がしくなった騎士達に、小さく手を上げる。
「全員、武器をしまえ。そのまま直立の姿勢で整列を維持しろ」
デルはアイムの遺体を抱き上げると、彼女の武器を三人の騎士に持たせて歩き始めた。




