⑪隠密
だが屯所の裏口から出るや、大通りが一気に騒がしくなった。蛮族達の理解できない声が響き、ゴブリンやオーク達が武器や松明を持ち、大通りを同じ方向へと走っている。
「侵入がバレたか?」
だとしたら裏道も安全でいられなくなる。陽動に向かった部隊も引き返してくる。蛮族達の司令部が見つかっていない中、その状況は避けたかったと、デルが下唇を噛みながら息をひそめた。
そこに、鎧を身に付けていない一人の男が、向かって来る。
「ほ、報告します」
後から合流する予定だった第五班の騎士だった。彼はデルの元へと駆け寄ると、短時間で呼吸を取り戻そうと故意に息を止めるや、口の中の空気を飲み込んだ。
「五班は東門に侵入後、城壁を登り敵司令部の発見に向かいました。見つけ次第、城壁から声を上げるとのことです!」
一早く敵司令部を見つける為、自ら囮になりなったという。
「たった数人でかっ! 馬鹿野郎共が」
デルは拳を握りしめた。
その時、遠くから声が上がる。その声はデルにも理解できる言葉で、『領主の館』と何度も繰り返していた。デルが報告しに来た騎士の目を見ると、彼は力強く頷く。
デルは静かに立ち上がり、待機している騎士達を見下ろした。
「彼らの行動を無駄には出来ない。我々はこれから可能な限り裏路地を使って領主の館に接近する………お前も急いで装備を整え、我々に合流しろ」
デルの命令に一本の剣のみを下げて報告しに来た騎士は、首をゆっくりと左右に振る。
「いえ、団長。自分は装備を整え次第、領主の館とは反対側に向かって動きます」
可能な限り敵を分散させてみせる。そう無言の目で訴えた。
「やはり五班は馬鹿野郎共の集まりだ」
デルは彼の行動を止めなかった。そして『死ぬな』と短く言葉を残し、デルは他の騎士達を連れて裏路地を駆けていった。
――――――――――
領主の館は南北に延びる大通りに面する街の北東に位置している。
デル達は南北に走る大通りの奥にある裏路地を進みながら北を目指すが、蛮族達は未だデル達の存在に気付いておらず、陽動をかって出た騎士達を追いかけようと、大通りを使って反対の南側へとすれ違っていく。
「間もなく領主の館付近です」
この街に詳しい騎士がデルの背後から声をかけた。だが今使っているこの路地は、領主の館の前に立つ建物で行き止まりになっている。
領主の館に入る為には、一度大通りに出て正門を抜けなければならない。
「正面から攻めるしかないのか」
デルは路地裏のT字路に差し掛かった。左に曲がれば南北を繋ぐ大通りに出る事になり、出ればすぐ右手に領主の館が見えるものの、代わりの蛮族達に見つかる事は言うまでもない。
デルは正面の扉、隣の建物の裏口に手を掛けたが、鍵がかかっているのか扉はびくともしない。
大通りを先に進んでいるはずのバルデック達の姿もまだ見えない。そして時間も無駄にできない。デルは後ろを振り向き、団長の決断を待っている騎士達の顔を見た。
「………お前達、行くぞ。気合を入れろ!」
「「「了解!!」」」
デル達はそれぞれの武器を手にして、声を張り上げる。
そして路地裏を飛び出し、デル達は大通りへと姿を現した。




