⑨屯所の中にて
大通りは魔法式の街灯が蛮族達によって利用され、それなりの明るさを保っている。
だが、住民達が住むはずの家屋や店舗には一切の明かりが見られない。その為、一旦建物の裏や中に入り込めば、暗い空間に溶け込むことが出来た。
デル達が東門近くにある騎士団の屯所の裏口に容易に辿り着く。そして、彼らを追い抜くように、バルデックと他の騎士達が通り過ぎた。
暗い騎士団の屯所に、人の気配はない。デルは腰をかがめながら裏口の戸を軽く引くと鍵は開いたままで、木の乾いた音と共に扉がゆっくりと開かれていった。
「中に入るぞ」
数人の騎士に合図を送り、デル達は静かに裏口から侵入を図る。部屋に入った騎士達はそれぞれ左右に散って視界を確保、改めて敵がいない事を確認した。
中は、ある時間を境に時が止まったかのような空間を保っていた。机や椅子が横に倒れたまま、ガラスの破片が散っている所もあれば、テーブルの上に食器やカップが残ったままの状態も見られる。
進んだ先にある絨毯は埃の匂いをさせながら、しかし絨毯の手触りは何かの液体が固まったかのように感触が異なっていた。
デルは姿勢を低くしながら、手についた染みの正体を理解する。
「………蛮族に襲われ、ここで果てたか」
「しかし、遺体が見当たりません」
騎士達が外の窓から見えないよう低い姿勢のまま辺りを見渡すが、死体は一つもない。
「………もしや、食べられたのでは?」
「いや、それはない」
青ざめる騎士の言葉に、デルは人指し指についた赤い染みを親指と擦り合わせて薄く広げると、再び膝を床につけて歩き出した。
「そうだとしたら、もっと汚れている」
かつて冒険者時代に何度も見てきた光景を思い出しながら、デルは目的の倉庫の前へと辿り着く。そして周囲に窓が無い事を確認すると、ゆっくりと立ち上がって手のひらや膝の汚れを払い落とした。
「よし。各自装備を身に付けろ」
デルが倉庫の入口を開け、次々と後続の騎士達を倉庫の中に入れていく。中は特に荒らされた様子もなく、騎士の鎧や盾、武器等が整然と並んでいた。
デルは倉庫の入口で腰を下ろしながら外の様子を監視しつつ、部下達が鎧を身に付け終えるのを待つ。




