⑧潜入
その時、街の北側が騒がしくなった。
一番夜目の利く騎士が草むらから僅かに頭を出して状況を確認すると、デルにゆっくりと近付いて来た。
「街から百匹近い蛮族が、東へと出発していきました」
恐らく森の奥で焚いた篝火と黒銀の鎧に気が付いたのだろう。報告しに来た騎士は、月の下を通過するバードマンが、森に向かって行く姿を見たと併せて報告する。
「よし、奴らが陽動だと気付き、この街に戻ってくるまでが勝負だ。これから速度を上げていく」
こちらにとって最も都合が良い事は、陽動にかかった蛮族が森の奥まで行って騙されたと気付き、最長距離をかけて戻って来る事。逆に、奇襲が早過ぎ、蛮族達が森に入る前に引き返して来る事が、最悪の都合である。
デルは大きく息を吸うと、爪先で地面を蹴り、草を分けて進む速度を一気に上げた。
そして東門前に到着する。
三十分以上も不慣れな態勢で進んできたせいか、既に騎士達の顔に疲労が見えていた。だがそれも数分で呼吸を落ち着かせると、デルは草陰から顔を出して状況を再度確認する。
東門の見張りは二匹。体格からして、革の鎧をつけた槍持ちのオーク。彼らは閉まらなくなった門の左右で火を焚き、時折首を左右に振りながら、しかし大きな口を開けて気を緩めていた。
デル達が隠れている草原を越えるとすぐに馬車道。そして見張りのオークまでの距離は、デルの脚力で一秒ともかからない。デルは後ろの腰に身に付けた片手剣の柄を握りながら呼吸を整え、走り込む機会を窺った。
その時、城壁に何かが当たった。
見張り二匹が、音の鳴った方向に一斉へ振り向く。
「今だ」
デルは膝を立てると、一気に地面を蹴りつけて草原を飛び出した。そして自慢の速さで馬車道を一蹴りで越えると、そのまま手前のオークの背中に到着するや、剣を抜いて一回転。オークの首が僅かに遅れて地面に落下した。
首の切断面から大量の血を噴き出し、巨体が倒れる音に気付いたもう一方のオークは、デルの姿を見るなり口を開けたが、そこを背後から迫ったバルデックに首横を短剣で突き刺される。バルデックはそのままオークが声を出せないよう、震える短剣を押し込むと、気管を切り裂きながら外に向けて短剣を動かし、傷口を派手に広げた。
「いい動きだバルデック。今すぐにでも冒険者になれる」
「元冒険者の団長に言われると、冗談に聞こえませんね。自分はまだまだ小隊長で精一杯です」
バルデックは短剣を持った手を赤く染めながら眉をひそめて笑う。
デルは小さく手を上げて騎士達に合図を送ると、草陰から次々と薄着の騎士達が立ち上がり、破損した城壁の隙間から街の中に入っていった。
「第一班と第二班は、俺と一緒に騎士団の屯所へ。残りはバルデックと、大通りの武具店を目指せ」
「「「「了解」」」」
街への潜入を果たしたデル達は、すぐに城壁の内側の陰に潜み、大通り沿いの建物の裏道を利用しながらそれぞれの目的地を目指した。




