③青い空に見えるもの
「一旦王都に戻り、騎士総長に判断を伺う」
デルが決断する。
「王都で待機している銀龍騎士団を連れて来るのですね?」
バルデックの答えに、デルは少し違うと小さく手を振った。
「いや、いっその事、複数の騎士団を連れて来られるよう、騎士総長に提案してみようと思う」
前例のない規模の蛮族達を銀龍騎士団だけで討伐したとあっては、後々、方々から功績の独占と言われる事は想像に難くない。デルにとって、政治的、組織的な駆け引きなど、くだらないと鼻で笑ってやりたい所だが、残念ながら王国騎士団の団長を務めている以上、そのような見えない溝の深さを気にしなければならない。
デルの口から溜息が小さく漏れる。そして、テーブルを指で軽く二度、三度と叩くと、副長の名前を呼ぶ。
「カッセル、お前はこの村に残り、蛮族達の集落が他にも存在していないか偵察を続けてくれ。だが、くれぐれも偵察だけだ。敵の数が少ないからと叩こうとした結果、蛇の代わりに六百匹のゴブリンが藪から出て来る事は避けたい」
「分かりました。騎士団をお預かりします」
カッセルが立ち上がって敬礼で答えると、デルはバルデックに視線を向ける。
「俺はバルデックと数名の部下を連れて王都へ帰還する」
そのまま副官の名前を呼ぶ。
「バルデック。現時刻をもって、臨時の小隊を組むに当たり小隊長をお前に任せる。人員は俺が見繕うから、自己紹介が終わり次第、出発の準備を命令しろ」
「は、はい!」
いきなりの抜擢に、バルデックが慌てて立ち上がると背筋を伸ばした。
「そういう訳だ。何人か引き抜いていくぞ、副長」
中隊長を兼ねるカッセルは、団長の決定に逆らえる訳もなく、困った顔をしつつも『お手柔らかに』とだけ答えて了承する。
「昼前には出発する。各自、準備を進めておいてくれ」
「「了解しました」」
二人の敬礼をもって、早朝の打ち合わせは終了となった。
デルは二人を連れて家を出る。
日はまだ東の山を登り始めたばかりで、体を纏う空気に夜の冷たさが残っている。それだけに、体の中の空気を入れ替えるには実に心地よい。デルは大きく深呼吸をして肺の中の空気を全て入れ替えた。
本来ならば、今日は蛮族の集落で亡くなった村人の葬儀に参加する予定だったが、デルは止むを得ないとカッセルに代理を命じる。
「いい天気だ………何も知らなければ普通の一日の始まりなんだがな」
あの太陽と同じ方向に、見た事もない大群がおり、そして同じ物を見上げているとは未だに想像し辛い。デルは朝日を見ながら目を細めた。
「部下の話では、今日一日はこの天気が続くとの事です」と、副長。
デルは彼の言葉を聞きながら、ふと空を見上げる。
青空の中に見える白い雲に、少しずつ動く黒い影が見えた。目を細めるとその影は人の様でもあり、鳥の様でもある。
「バードマンですね。自分は初めて見ましたよ!」
隣のバルデックが、デルと同じように空を見上げて声を上げた。
バードマンは鷲に似た翼が生えた男性型の亜人で、普段は人里離れた山や深い森の中にいる。人間との交流は殆どなく、広義では蛮族とも扱われるが、不潔で緑色のゴブリンと比べれば人間に近く、残されている文献でも好印象に語られている事が多い。
バードマンらしき空の影は、そのまま一直線に西から東へと進み、やがて太陽の日差しに隠れて見えなくなった。
「副長、連れていく人選だが………」
デルは予め考えてあった四人の騎士の名前を副長に伝え、彼らを呼び出すように指示した。