③根気勝ち
デルが決断した後は、速やかに事が運んでいった。今まで防戦と敗走を繰り返してきた騎士達にとって目標ができた事は大きな転機となり、生き残った騎士達は、昨日の勝利も重なって、無謀とも呼べる作戦であっても、未だ士気は高い状態を保っている。
「いいか! ここからは時間が勝負だ!」
倉庫から洞窟に繋がる隠し階段の大きさでは、馬を運ぶ事ができない。デルは現地での物資利用を想定し、片道一日だけの食料と水を用意させた。そして、なるべく身軽になるよう指示を出すと、騎士の中には鎧の一部を剥がしたり、盾そのものを置いていく猛者まで現れた。
本来であれば騎士団憲章に違反するのだが、デルは敢えて何も言わなかった。
デルにはもっと重要な仕事が残っていた。
「………そんな、私も連れて行ってください!」
バルデックはデルの言葉を遮るように詰め寄った。フェルラントがデルに詰め寄るバルデックを止めようと両肩を押さえ、落ち着くようになだめる。
「落ち着け、バルデック」
「私は………私はまだ戦えます!」
バルデックはフェルラントの手を押しのけようと抗う。
デルは彼の必死に訴える目を見つめながら何も言わずに立っていた。
彼の小隊で小隊副長についたシュベットはゲンテの戦いで行方不明、他の部下も一名はゲンテの街で戦死、残りの二名も昨夜の戦闘で一名が戦死した。そして唯一生き残った一名は、今回の作戦に選抜されている。
部下をもつ以上、戦死であれ異動であれ、いつかは別れが来るものだが、初めて小隊を任され一か月も経たない内に、四人の部下から三人を失う事は滅多にない。
本人はあたかも平静を装っているが、いつ彼の心が壊れてもおかしくはない。それこそ、最後の部下を失った時をきっかけに起きるかもしれなかった。そのような状態で彼を連れていくことはできない。デルは彼にこの集落に残るように説得した。
だが彼は首を縦に振らない。
「部下が作戦に参加するというのに、隊長の自分だけが残る事なんて納得できません!」
バルデックだけでなく、最早どの部隊もまともに機能していない。小隊長を失っている隊、逆もまた然り。故に、彼だけが必要以上に背負う理由にはならない。
「………連れて行ってあげればいいじゃないの」
倉庫の壁に寄りかかっていたフォースィが、呆れながら両手を広げて溜息をつく。
「お前なぁ………」
それ以上に呆れたデルが彼女に向かって眉をひそめた。
まるで村娘のようなワンピース姿のフォースィは、倉庫の壁から背中を離して数歩進むとデルの横腹を拳で軽く小突く。
「まるで若い頃のあなたに、もうそっくり! 馬鹿正直で、真面目で、融通の利かない所なんか特に」
「………お前は俺のお袋か何かか?」
「あら、年上な事は確かよ」
それ以上言葉が出ず、デルは前髪をたくし上げながら困った顔でため息をつく。
「ご迷惑になるようでしたら、切り捨てて構いません! 自分も連れて行ってください!」
バルデックは腰の高さまで一気に頭を下げた。それを見た性悪な女神官は意地が悪そうに『ほらね』とデルを見て口元を緩ませる。




