⑧撃退
「馬鹿な………俺は、魔王軍が一柱―――」
切断とまではいかなかったが、オセの体から血が噴き出し、白黒のメイド服を上から下へと赤黒く染めていく。
全身鎧のオーク達も次々と、確実に1体ずつ倒れていった。オセはそれを横目に見ながら地面に両膝をつき、両手から武器が零れるや、空いた両の手で体を支えて何とか耐え抜く。
「………この蛮族どもめが」
オセの声が小さく掠れていく。
「成程。その執念だけは認めてやろう」
だが、とデルは再び剣を抜いて近付き、オセの首元へと刃を向けた。
「例え武器が増えても、一人で向かって来た時点でお前の負けだ」
「畜生………姉さん達、すまねぇ。仇が取れなかった………」
オセの両手もついに力尽き、彼女は顔から地面に落ちた。
その瞬間、上空から何かが落ちて来るや、力尽きたオセの前に立ちはだかった。
「な、何だっ!」
デルは突然の事に驚き、同時に叩き付けるような激しい下降気流に目を細め、腕で顔を覆う。
限られた視界からは鳥のような羽の生えた人間が、オセを抱きかかえている姿が一瞬だけだが見えた。
「デル。逃げられるわよ」
後方にいたフォースィの声にようやく事態がのみ込めたデルは、視界の悪い中、正面に向かって数度剣撃を放ったが、そのどれもが当たらずに土埃を切る。
そして、風が止んだ頃には、既にオセの姿はなかった。
「逃げられたか」
デルが舌を鳴らす。
「瀕死の獲物を前に、口上なんて………まるで物語に出てくる三流の配役ね」
後ろから聞こえてくるフォースィの皮肉に、デルは鼻を引くつかせながら振り返った。
「お前だって、何も―――」
できなかったくせに、とデルは言いかけたが、彼女の姿を見て躊躇った。
「何? 別に見るのは初めてではないでしょう?」
フォースィは両手を腰に当てながら時折肩から落ちそうになる神官服を戻し、分かっていた事だと呆れるように諦めている。
姿こそ大きく変わっていないが、彼女の背が小さくなり、胸もやや小ぶりになって真紅の神官服にしわができていた。声にも幼さが僅かに出ている。
戦う前の彼女を妖美な大人の神官と例えるなら、今の彼女は元気なうら若き神官という容姿に近い。
「………今いくつくらいの姿だ?」
デルの心配に関心を示さないまま、フォースィは自分の肌の張りを確認すると小さく溜息をついた。
「大技4回分だから………二十歳手前くらいかしら」
『十極』のフォースィ。彼女は魔法を使う度に体が若返り、使わなければ人の何倍もの速さで老化する。
不老不死の魔女と呼ばれる所以がここにあった。
「取り合えず、十歳を切らなければ問題ないわ。さぁ、怪我をしている騎士達を治療するわ。早く指示を出しなさい、デル団長」
そう言ってフォースィは鼻歌を歌い、魔導杖を回しながら広場へと向かって行った。




