⑥十極の名をもつ者
「まさか、こんなに早く会えるなんてなぁ!」
デルが振り向くと、そこにはメイド姿の猫亜人が大きな目を滾らせながら、白銀の斧を後ろ一杯に広げて振り上げていた。
「っ、オセか!?」
デルが寸でのところで白銀の斧を右に跳び上がって避けると、オセはさらに地面に食い込んだ斧を体のバネを利用して一気に振り上げた。
それでもデルは空中で無理矢理体を捻り、オセの方を向きながらとっさに剣を正面で斜めに構える。振り上げられた白銀の斧はデルの剣とぶつかり激しい火花を散らしながら、その軌道を徐々に変えていく。
「まだまだぁ!」
オセは手首を捻ると、剣と噛み合っている斧の角度を変え、デルの体を斧に引っ掛けるように真下へと叩き落とした。
「っ! 相変わらずの馬鹿力めっ」
そのまま地面に叩き付けられる訳も行かず、デルは斧の柄を蹴り出し体を前へと押し出す。そしてすぐに横転し、白銀の斧が地面を抉る前にその場から脱出した。
「相変わらず速ぇ………よぉし、お前らぁ! 一旦集合だ!」
先程まで騎士達と戦っていた全身鎧のオーク達にオセが命令すると、彼女を中心に横列をつくり、陣形を整える。
「デル、こちらも陣形を!」
「あぁ!」
後ろからフォースィが追い付く。デルはフェルラント達に声をかけ、周囲にいる十名程の騎士をデルとフォースィを中心として密集隊形を整えた。
しかし、騎士達の疲労と怪我は先の戦いと潰走から、完全に癒え切ってはいない。デルの指示で集まった彼らは既に息を切らし、剣の切っ先もやや下向きで揃っていなかった。
「フォースィ。魔法は何回使える?」
「………それはどこまでの意味で言っているのかしら?」
フォースィは意味ありげに笑ってみせる。
「もちろん、俺達が世話しなくていい程にだ」
「………なら五回までね」
「頼む」
周囲の騎士達には会話の意味が理解できなかったが、フォースィはそのまま竜の彫刻の魔導杖を空高く掲げると、淡い緑の光を騎士達に降らせた。
「団長………この方は」
詠唱を続けている彼女を横目で見ながら、前で武器を構えているフェルラントがデルに尋ねる。
「ゲンテの街で補給部隊を助けてくれた神官様だ。お前達も『十極』の名前くらい聞いた事があるだろう?」
「こ………この方がですか!?」
フェルラントだけでなく、集まった騎士達に驚きが広がった。
―――『十極』のフォースィ。
曰く十の魔法を極めた者。
曰く王国最後の魔女。
曰く不老不死の少女。
デルの周囲で彼女の様々な噂と真実が飛び交った。
緑の粒子の最後が、騎士達の足元に落ちる。
「………残り二回よ」
胸を押さえ、やや辛そうに片目を細くしながら、フォースィは魔導杖をゆっくりと降ろした。




