②大群
「随分と二つの集落が近いな」
デルは持っていた珈琲をテーブルの隅へと置く。
「私もこのような位置関係は初めてですな」
副長のカッセルも腕を組む。
ゴブリン達は同族といえど、縄張りが重なることを嫌う。故に、それぞれの集落は一定以上の距離をおいて作られるのが一般的と言われている。
だが、今回の集落はその法則に当てはまっていない。
「それで? 二つとも潰したのか」
「いえ………それが蛮族の規模が大きく………どちらも偵察だけに留めたそうです」
バルデックが言いづらそうに報告する。命令通りに従ったとはいえ、騎士としては蛮族に背を向けたと謗られかねない。現在、偵察から戻った二つの部隊は、副長の指示で休息に入っているという。
デルは彼の報告に眉をひそめたまま、地図を眺めていた。
「規模が大きいとは? 具体的にはどれくらいだ」
本題はここからなのだろう、とデルがバルデックに尋ねる。
「偵察の話では、少なく見積もって三百匹ずつだと………」
「三百っ!? っととと!」
驚いたデルが立ち上がろうとしてテーブルの隅に体をぶつけた。その拍子で、隅に置いていた珈琲のカップが揺れたが、慌てて彼はそれを受け止めて座り直す。
「じゃぁ、何だ。合わせて六百匹のゴブリンがいるのか?」
ありえないとデルは残った珈琲を一気に流し込んだが、その濃さを思い出し、しかめた顔で後悔する。
「団長が仰るのは至極もっともですが………間違いではないようです」
カッセルは団長の驚きに共感しつつも、それが事実だと裏付ける説明を追加する。
「偵察後、二つの中隊が村に戻る途中で偶然合流し、互いの情報を交換したそうです。そして今の団長のようにありえないだろうという結論になり、今度は互いにもう一方の集落を再度偵察に向かったそうです」
「で、同じ結果だったと」
「はい」
デルは椅子の背もたれに体を預けた。
二つの中隊が同じ結果となった以上、信憑性は極めて高いと判断せざるを得ない。それにしても、推定六百匹のゴブリンの大群は、王国騎士団が設立して以来、一度も経験をした事がない。
遠征で来ている銀龍騎士団の総数は三百程度。精錬され組織化された騎士団ならば、六百匹の蛮族に負ける事はないが、苦戦は免れない。さらにこの村だけでなく、近隣の村々も守りながらとなれば、騎士だけでなく、村人達にも犠牲が出る事は否めない。
「事実なら、下手に手を出す訳にはいかない、か………」
デルは朝早く二人が来た理由に納得する。