⑦村長のプラウ
「………そう言っていただけると助かります」
広場の僅かな明かりが長い黒髪の女性を半分照らし出す。デルも彼女の姿に気付き、ゆっくりと腰を上げる。
女性は木の盆に湯気の出るコップを乗せたまま小さく頭を下げた。
「御挨拶が遅れました。私はこの集落の長を務めているプラウと申します」
バルデックとフェルラントが体を彼女に向け、一礼と共に名前を名乗る。
彼女は、持って来たコップをデル達に手渡して回る。滑らかな木目模様のコップには白い液体が満たされ、そこから放たれている湯気が鼻に入ると、甘い匂いがデル達の疲れた目を奥から和らげていく。
「裏庭の山羊から取れたミルクに、森に自生する薬草を細かく切った袋を入れて温めたものです。体や目の疲れが僅かですが取れると思います」
「ああ、頂こう」
デルが小さく彼女に微笑み、少しずつミルクを流し込む。ミルクの甘さが口の中に広がっていき、喉を通過すると同時に体が温まり始める。さらに遅れて薬草の僅かな苦みが口の中を丁寧に擦り、口に残った甘さを程よく打ち消してくれた。
バルデックとフェルラントもコップの中を喉に流すと、最初の一口目で驚きを隠せずにいる。
「こんなに甘い飲み物は初めてです」
「あぁ、体中の疲れがゆっくりと消えていくようですな。老体の身には丁度良い」
二人は眉を吊り上げながら瞬く間に飲み干し、最後の一滴すらも吸い込むように口の中に入れる。そしてもう一杯と言いたい気持ちを抑えつつ互いに顔を合わせるが、名残惜しそうにコップを彼女の盆の上に戻した。
「喜んでもらえて何よりです。寝る前にもご用意しますね」
プラウは二人に笑顔で返すと、そのまま僅かにデルの顔を覗くように見上げる。
それに気付いたデルは、小さく笑いながら空になったコップを盆の上に戻し、『自分の分も頼む』と短く答えた。
「プラウさん………でしたか。私は、この王国に生まれて四十年以上になりますが、このような場所がある事を初めて知りました」
フェルラントが一呼吸付けた上で、プラウに尋ねる。
「古い木々に囲まれた自給自足の集落と言えばその通りなのですが、備蓄している物資の量だけでなく、住んでいる住民達の………何といいますか、落ち着いた上品な振る舞いが他の集落とは明らかに異なると感じましてな………この集落について、宜しければ色々と教えて頂きたい」
「フェルラント」
デルがそれ以上はと彼の前に手を出そうとしたが、プラウは構いませんと首を小さく横に振った。




