⑥幻想郷
「しかし、団長とここの村長が知り合いだったとは」
フェルラントが一通りの巡回を終えて集落の中心いアル小さな広場、その長椅子で座って腕を組むデルの下へと戻って来る。
「もしかしたらと思っていたくらいだ。俺だって彼女が村長になっていて驚いている」
幻想的な森の道を端からは時までを木の柵で区切り、その中心に作られた馬車が一台だけ通れる小さな隙間の入口に彼女は立っていた。薄い緑の長袖に黄色が僅かに混ざった白いロングスカートの女性は、自分を集落の村長だと名乗り、馬に乗ったデルに驚く事なく、丁寧な口調で引き返すよう深々と頭を下げてきたのである。
だが、デルが十年前に訪れた冒険者の一人だと分かると目を大きくさせ、集落に入る事が簡単に許可されたのであった。
バルデックが戻って来る。
「団長。負傷した騎士達の収容が終わりました。村の備蓄から医薬品を分けてもらい、集落にいた医師や神父が治療に当たってくれています」
「そうか………とりあえずは一安心だな」
屋根のある場所、傷病者の手当てに水や食料の確保、士気を下げていた原因の多くが一度に解決した。デルは小さく息を吐くと組んだ腕をほどき、両手を大きく上へと伸ばした。
「しかし驚きました。集落の規模の割には質の良い医薬品が大量にあり、食料は軽く見積もっても数年分の備蓄が倉庫に積まれていました。しかも医師や神父達は、まるで王宮か大貴族御用達並の腕前です。一体ここは何なんですか?」
裕福な集落にもかかわらず、すれ違う住民達の服は質素であり、街の人々よりも劣っている。娯楽らしい施設もなく、商店すら見当たらない。バルデックが困惑するのは当然でもあった。
「周囲を木々で囲まれた集落。まるで、外との繋がりを断ったかのような世界ですな」
「まぁ………当たらずとも遠からずといった所だな」
フェルラントの言葉に、デルが再び腕を組み直す。
既に日は暮れ、深い森に包まれた集落は星空さえ見えない闇に呑まれている。頼りの明かりは、集落に点在する僅かな街灯と、家屋の扉前に設置された小さな魔導ランプのみである。
「しかし団長、本当に焚火は用意しなくてよいのですか?」
この程度の明かりでは十分な視界を確保できないと、フェルラントが言葉を選びながら不安を漏らすが、デルは右手を軽く振りながら必要ないと答えた。
「いいんだ。この集落に入れてもらえただけでも奇跡みたいなものだ。これ以上この集落に異なる風景を作りたくない」




