①早朝の訪問
翌朝。デルはベッドから降りると、汗ばんだ茶色い前髪をたくし上げる。そして自分の手を数秒程眺めると首を左右に振る。
朝の打ち合わせまではまだ随分と時間がある。視線が自然と今の寝間着へと落ちるが、彼は鼻息を強めに吐き出すと立ち上がり、壁にかけられた騎士の制服に手をかけた。
「団長、おはようございます」「おはようございます」
遠征している銀龍騎士団の本部として間借りしている村長宅の二階からデルが姿を現すと、カッセルとバルデックの二人が席から立ち上がる。二人共、黒銀の甲冑は身に付けていないが、騎士としての制服を纏っていた。
服装を整えて正解だった。
「おはよう。二人共、早いな。きちんと寝たのか?」
寝坊したつもりはない。朝の打ち合わせには、まだ随分と時間があったが、とデルは頭の中で状況を整理する。
「何かあったのか」
一つの結論に達する。
「先日、別地域で偵察を行っていた部隊の情報をお持ちしました」
「………聞かせてくれ」
ただの報告だけならばこんな時間に来ない。デルは居間にあるテーブルに無言で腰かけると、二人にも同じテーブルにつくように手を差し出した。
六十歳を過ぎた村長が、老婆と共に淹れたての珈琲を人数分持って来る。この地方の嗜好品はどれも香りが強く、例え珈琲でも温かい湯気が鼻に入るだけで、あっという間に目が覚める。匂いと同様に味も濃い為、地元以外の人間は家畜のミルクを多めに入れる事が勧められている。
デル達は、テーブルに置かれた絞りたてのミルクを順番に珈琲の中に多めに入れ、スプーンで軽くかき混ぜてから口をつけた。
「いつ飲んでも、一発で覚めますね」
一番多くミルクを入れたバルデックが、片目を細くしながら歯を揃えて笑う。
「全くです。いい機会ですから、土産がてらに何袋か買っていきましょうか」
「いっその事、我が騎士団の常備品とするか?」
カッセルの軽口にデルが冗談を乗せると、二人が苦笑して誤魔化した。
窓から入る朝日を浴びながら、それぞれが珈琲をもう一口含むと、バルデックはミルクが入ったカップをテーブルの端に動かし、地図を広げた。
「まず、昨晩我々が奇襲をかけた位置がここです」
バルデックは腰の麻袋から黒い丸石を一つ取り出すと、地図に描かれたこの村から南東に広がる森の中に置く。
デルは珈琲を時々口元に運びながら、報告を聞き続ける。
バルデックが村の西にある森の中に、二つの黒い石を置いた。
「同じ頃、別動隊として他の騎士中隊が偵察を行っていた所、新たに蛮族達の集落を二カ所発見しました」
提示された二カ所の集落と村との距離は、どちらも先日壊滅させた集落と村の距離の倍も離れており、脅威度はまだ低い。
だが、デルは地図を鋭く見つめていた。