③小隊長として
「バルデック、傷はどうだ?」
出発まであと一時間。デルは僅かに空いた時間を見計らって、声をかけた。
ゲンテから生き残った騎士達に声をかけて回り、街を襲った者達が魔王軍を名乗る蛮族の集団だったことが判明する。奴らは南から襲いかかり、バルデック達は住民達を残った複数の門から逃がそうと騎士達を分けたが、それがかえって各個撃破の的となった。
加えて、午前中の朝市を狙われ、大混乱となった住民達が右往左往。数百人とはいえ、数千、万単位の住民達を統率することは不可能で、住民達は次々と蛮族達に追いかけられ、囲まれ、蹂躙されていったとの事である。
「団長、自分は大丈夫です」
声に力がない。
敵に奇襲され、何もできず、大勢の死を見る。初めての小隊長でこの経験は肉体よりも精神に傷痕が残る。デルはそのままバルデックの傍に立つと腕を組み、低い声でゆっくりと声をかけた。
「副長のシュベットは立派に戦ったか?」
デルの言葉にバルデックは小さく頷く。
「彼は指揮系統が混乱したあの場でも、殿となって馬に乗り剣を振り続けていました。そして自分も含めて最後尾に残ろうと指示を出すと、彼は自分に向かって大声で言ってきたんです」
―――小隊長には、生き残った者達と共に団長と合流し、物資を届ける義務があります。
「良い判断だ」
デルは短く、力強く言い切った。
結果として彼の決断が、バルデック達の撤退を成功させた。そしてバルデックがデル達と合流した事で、街の情報が共有され、僅かながらも物資も補給出来、さらに多くの騎士達を救う結果となった。
その後は大火の中、彼らがどうなったかは分からないとバルデックは言葉を止める。
「良い部下をもったな。これからもシュベットの事を誇らしく語ってくれ」
「はい」
他にも多くの騎士達が散っていった。バルデックの小隊では、シュベットだけでなくデルが配属させた部下も一人失っている。
騎士になった以上、戦えば命を失う事もある。頭の中で理解していても、その真の意味と感情は、実際に体験した者にしか分からない。そこで恐れて騎士を辞めるか、それとも乗り越えて続けるか、それだけは誰にも分からない。普段屈強な人間であっても、心が折れる時は簡単に折れるのだ。
そしてそれを責める事は誰にもできない。
「………一応確認しておくが、バルデック」
デルは一呼吸おいてから言葉を続けた。
「小隊長はこのまま続けられそうか?」
もっと時間をおいて話すべき事だが、そんな余裕はない。デルは心を鬼にして彼の目を見た。
バルデックはデルの鋭い目に一瞬息を飲んだが、すぐに押し返すようにデルの目に応える。
「はい、やらせてください。自分はまだ小隊長としての義務を果たし終えていません」
デルはバルデックの目を見続けた。彼の目には熱意があり、一方で感情的な色と不安の色が混ざっているが、それを制御しようとする気持ちが伝わってくる。
「分かった。これからもよろしく頼む」
「はい!」
デルはバルデックの肩を強めに叩き、その場を離れた。




