②敗残の将
戦闘指揮を執っていたエーベルンを含め、多くの騎士達が戦死。バルデックの副隊長を務めていたシュベットは、撤退中に行方不明。街の東側の城壁で見張りをしていた三十名の騎士と、撤退中に街の中で会う事ができた十数名の騎士だけが、ここまで移動する事ができた。
バルデックの報告の中に、赤い修道服の女性に助けられた騎士が何人もいた事をデルが聞いた所で、彼は堰き止めていた感情が限界に達する。
「本当に申し訳ありません………仲間も部下をも失い、情けなくもおめおめと生き残ってしまいました」
バルデックは喉を震わせ、皮が剥けるほど地面に拳を擦りつけた。
デルは彼らを責める事が出来なかった。
「いや………むしろ、良く生き残ってくれた」
地面に手を付き、緊張の糸が切れて涙ながらに報告する彼の肩にデルは手をゆっくりと置く。そして、心の中でフォースィにも感謝した。
事実上、銀龍騎士団は壊滅した。
騎士団の副長だけでなく、団の中核を担っていた古参までもが還らぬ者となった。もはや銀龍騎士団は他の騎士団と合流できたとしても十分に機能しないだろう。デルは我を失いたくなる程の状況の中で拳を握りながら、頭の中で何度も知恵を絞り、思いつく最善の方法を導こうとした。
生き残った騎士は、全軍の一割にも満たない総勢七十名。
ゲンテの街に帰る事も叶わず、成すべき事は山積みである。
デルは、バルデックに合流した騎士達の治療と休息を指示を出す。本来はもっと彼に配慮を要するべきだが、今の状況でそんな余裕はない。むしろ、何かしら動いていた方が気が紛れるだろうと、デルなりに考えた末の指示でもあった。
「フェルラント………悪いが、お前を銀龍騎士団副長の代理に命じる」
「敗残の身ではありますが………止むを得ませんな」
年齢を理由に様々な役職を断ってきたフェルラントだったが、彼は顎に手を置き、渋々承諾する素振りを見せる。
「心配するな、ここにいる全員が敗残の身だ。何も気にする必要はない」
デルは、小さく鼻で笑った。こういう時でも、適度な冗談が言える彼の妙は嬉しかった。
部下達に休息をとらせている中、デルとフェルラントは地図を睨みながら目的地について相談する。東の集落は崩壊、西のゲンテの街には戻れず、南は蛮族がひしめく森となれば、北上しか手がない事は既に分かっている。
「ここから北上して最も近い街となると、アルトマあたりでしょうか?」
フェルラントがデルに尋ねた。彼は王都出身の為、僻地の地理には疎い。元、冒険者だったデルは首を左右に振り、彼の言葉をやんわりと否定する。
「大きな街ならばそれで合っているが、その間には地図には載らない小集落がいくつかあったはずだ。まずはそこを目指す」
デルは昔の記憶を頼りに、地図には何も記されていない場所を指した。距離はフェルラントが答えた街の半分もかからない。バルデックが連れて来た馬車には、出発に備えた物資が積まれていた状態だったが、人数が増えた分、食料や水、医薬品の消費も増え、絶対的に足りていない。
情けない話だが、戦闘を可能な限り回避し、短時間で補給を受ける場所まで移動する。デルは指をさした集落がまだ存在している事に、全てを賭けるしかなかった。




