⑨理解不能
「そういう訳だ、人間。我々はこれより撤退する」
シドリーが白い手を挙げると周囲の蛮族達がデルに背を向けて動き出し、東へと立ち去っていく。そしてデルと三匹のバステトだけになった中、シドリーは地面に落ちているハウラスの死骸を集め始めた。
「私も報告を聞いた時は、それなりに驚いて疑ったものだが………目の前で、しかも自分の妹を殺されてから信じなければならないというのは皮肉と言うしかない」
最後の一片を手の中に抱えたシドリーはその場で立ち上がる。そして正面に立っていたデルを様々な感情を込めて睨みつけた。
「栄えある我が魔王軍、その中心に立つ77柱の英雄達が、既に何人も倒されている事を………」
「マジかよ! 他にもやられた奴がいるのかよ!」
シドリーの言葉に、オセが一番驚いていた。
アイムが会話を代わる。
「本当よ、オセ。先程届いた報告では、西側で陽動をかける予定だったアロクス殿が戦死されたわ。さらに補給部隊に奇襲をかけていたムルムス殿、ビフロンス殿も倒されているわ」
「信じられねぇ………相手はただの蛮族だろ?」
「その蛮族に妹も殺されたのだ。信じざるを得まい」
シドリーの言葉に、再びオセが黙り込む。
シドリーはオセとアイムの下へ戻ると、剣を構えたままのデルに声をかけた。
「人間。戻ってお前達の王に伝えよ。これ以上お前達が非道を重ねるのならば、我ら魔王軍がお前達を滅ぼす、と」
非道。
その言葉にデルは反応し、全身を震わせながら声を上げる。
「非道だと! 貴様達蛮族共がやってきた事の方が余程非道ではないのか!? 魔王軍などという蛮族で集めた邪悪な軍団、貴様達こそ我らが王国騎士団の正義の前に倒されるべきだろうっ!」
正義。
その言葉にシドリーは反応し、空に向かって大きく笑い上げた。
「そうか、やはり我らが魔王様は正しい。本当に教科書通りの言葉を吐いてくれる………まさかこれ程愚かだとは思わなんだ!」
シドリーが自信に満ちた目でデルに向かって言い放つ。
「正義など………それを吐く者の立場によって意味が変わる自己中心的な言葉は、何も意味を成さない。この言葉は魔王様が我々に教えて下さった真理だ。ならば貴様に問うが―――」
彼女が目を細めた。
「人間よ。貴様は自分達を正義だと言ったが、ならば我らにも我らなりの正義はある。それは同じものか? いやきっと違うだろう。同じであれば、今こうやって争う事はないのだからな」
オセ、アイムが炎の中へと消えていく。
シドリーも同じ方向へと歩き出したが、そこでふと足を止め、デルに顔を振り向ける。
「貴様の正義とやらをいずれ見せてもらおう。そして、我は我のやり方で妹の仇をとらせてもらう」
そう言い、彼女は姿を消した。
炎に包まれる集落、そこにただ一人の生存者として立っていたデルは、疲れ果てたように膝をつき、剣を杖代わりに地面に突き刺す。
「………一体、何が起きているんだ」
デルには、何が起きているのか全く理解できなかった。




