⑧四姉妹
「オセ、それ以上はダメよ」
「アイム………ね、姉さん」
オセの言葉と同時に、赤い鎖は僅かに光ると何かに引っ張られるように白銀の斧を地面から抜き、そのまま持ち主の手に収まった。
オセが姉と呼んだ三人目のバステトが蛮族の群れを分けながら姿を現す。体毛は黒く、二人のような黄色い毛は両腕に走っている数本の線のみ。だが共通して白黒のメイド服を纏い、赤い鎖が付いた白銀の斧を軽々と持ち上げていた。
黒いバステトは、デルの顔を一瞥してからオセとの間を通り、オセの前へ、デルに背を向けて立ち止まった。
「あなた、このまま突っ込んでいたら死んでいたわよ?」
「アイム姉さん、何言って………こいつは妹を、ハウラスをやったんだぞ!」
縮こまった尻尾を必死に奮い立たせたオセが今にも泣きそうな声と顔で、デルに向かって指をさしながら訴える。だが黒いバステトはそんなオセの言葉に耳を貸す事もなく、彼女に向かって歩き、ついには頬をぴしゃりと叩いた。
「落ち着きなさい、オセ。感情的になって判断を見誤るのは、あなたの悪い癖よ」
姉に叱られ、それきりオセは何も言わなくなった。
「………本当に、悪い冗談だ」
デルは背を向け続ける黒いバステトに向けて剣を構え続けるが、どこの家でも起こりそうなやんちゃな妹を叱る姉の姿を戦場で見せられ、その現実を受け止められずにいた。
加えて恐ろしいことに、デルが隙を探そうと視線を変えたり、姿勢を変えようとすると、黒いバステトが持っている白銀の斧に結ばれた赤い鎖が、その都度金属音を立てながら僅かに動く。二人が話している内容や口ぶりは他愛のないものだが、後姿の黒いバステトは決してデルに隙を見せていなかった。
「一軍の将になり、初陣だからと任せてはみたが………やはり、まだまだだな」「っ!?」
デルの背後から聞こえた別の女性の声。デルは瞬時に握っていた剣を回転させ背後を切り裂いた。
「ふむ、動けたか。蛮族とはいえその力量………やはり侮れないな」
デルの背後に立っていた白い毛並みのバステトは、デルが振り払った剣先を自分の顔の横、三本の指で掴みながら成程と頷く。
「シドリー姉さんまで………」
オセはさらに背筋を伸ばし、肩をすくませた。
「手を放すぞ、人間。気を付けろ、次は私も反撃する」
オセがシドリーと呼んだ四匹目のバステトは、にやりと笑みを見せてから掴んでいた剣を離し、デルの前を自然体で通り過ぎる。
「オセ、お前の部隊の目的は何だ?」
「シドリー姉さん、今更何言って………あいたっ!」
オセの所まで歩いてきたシドリーは、彼女の頭頂に拳骨を叩きこむ。それを見た黒いバステトのアイムは、仕方のない子だと溜息交じりに首を左右に振った。
「あなたの役割は最前線での威力偵察。なのに蛮族の橋頭保を不必要に襲撃し、挙句の果てには現場指揮官の首を取ったのよ? 完全にやりすぎです」
これ以上は被害が大きくなる。アイムは地面に転がっているハウラスの死骸を見て、声を絞る。
「仇は私達で必ず討ちましょう。だから今は引きなさい………いいわね?」
「………分かった」
オセにも姉達の言いたい事が理解できたのか、彼女が握っていた白銀の斧は猫耳と共にゆっくりと地面に向かって下がていった。




