⑥ありえない
一体何が起きたのか。
デル達全員の目が草むらに落ちた辺りを凝視した。だがすぐに草むらの中から断末魔が上がり、騎士が落ちた草むらから真っ赤な液体が吹き上がり、草を赤黒く染めた。
草の間から見える緑色に蠢く複数の生物。奴らは持っていた原始的な刃物で、地面に落ちた騎士を何度も突き刺していた。
「て、敵襲っ!」
フェルラントの叫び声に、全員が即座に持っていた武器に手をかける。
だが今度は、デルの後方にいた騎士達の馬が次々と矢に射られ、乗っていた騎士を地面に叩き付けるように馬が倒れていった。
「馬鹿なっ!」
デルの声が大きくなる。
矢は草むらで襲われた騎士とは反対の茂みから放たれていた。馬を射抜かれて地面に落ちた騎士はすぐに無事な馬の前で盾を構え、矢を弾く態勢へと移ったが、完全にデル達は敵に挟まれていた。
「慌てるな! 各自、盾を展開し、敵の左右からの攻撃をいなせ!」
デルは自分に飛んでくる矢を切り払いながら、態勢を立て直す。フェルラントも馬を走らせながら部隊の混乱を収拾させ、各小隊ごとに密集して敵の攻撃に備えさせた。
そして矢の攻撃がぴたりと止む。
「来るぞ!」
一度は奇襲に驚かされたが、僅かな時間で立て直したデル達は、敵の一斉攻撃を予測して陣形を組み終えている。馬を失った騎士は街道の左右で盾と剣を、中央に位置する騎馬は盾と騎槍を構えた。
そして左右の草むらから緑色の蛮族達が次々と飛びかかった。
「構えぇっ!」
デルの言葉に、騎士達は盾を壁のように縦二列、横一列に構えて飛びかかって来たゴブリン達を弾き返して地面に叩き落とす。
「迎撃!」
次の合図で、騎士達は盾の隙間から、剣や騎槍で地面に落ちたゴブリン達に一撃を加えて止めを刺す。このたった一連の動作で、街道の両端が蛙の様仰向けになった十数匹のゴブリンの死骸が出来上がった。
「ゴブリンが奇襲に………さらに挟撃だとっ!」
デルは二、三度呼吸を整え、左右の草むらを見渡す。だが、草と同色の蛮族は、生い茂った草と同化し、どこに潜んでいるのか、何匹いるのかさえ見当がつかない。
「団長! また来ます!」
他の騎士が叫ぶと、再び左右の草むらから矢が放たれる。ゴブリンが作った粗末な矢は盾どころか、騎士の鎧を貫通することはできず、仮に盾以外の部位に当たったとしても支障はない。矢の数だけは多く、相手を怯ませるには効果がありそうだが、古参や精鋭にはその効果が反映されず、騎士に損害が出ずに済む。
続いて、草むらの終わりからゴブリンが汚い笑みを見せつけながら飛びかかってきた。
「構えぇっ!」
懲りずにゴブリン達は騎士の盾に阻まれて、次々と地面に落下する。
だがデルが攻撃の合図を出す前に、草むらから氷の礫が飛んできた。騎士達は横から降る雹に盾を構える事を余儀なくされ、倒れたゴブリンへの攻撃が妨害される。
「メイジです! それも一匹ではありません!」騎士の一人が叫んだ。
ゴブリンの首領級には、下級魔法を扱う者がいる事は騎士だけでなく、冒険者の界隈でも知られている。だが、それは一年に一度会うかどうかの頻度で、今デル達の目の前にあるように、左右の茂みから何匹も現れる事は、王国騎士団に入って以来聞いた事がない。
「これが………蛮族の戦い方なのか」
ありえない。こんな事はありえない。
デルの頭の中が、まるで初めて実戦を迎えた騎士見習いのように判断がまとまらず、ただただ目の前の攻撃に反応するだけに留まっていた。
―――蛮族だと思って戦おうとすると痛い目に合う。
「これが、お前の言っていた事か! フォースィ!」




