③冒険者だった三人
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「敵襲!」
デルはその声にベッドから飛び上がり、急いで窓の外を覗いた。
窓の外ではゴブリン達が棍棒やナイフを持って走り回り、近くにいた村人の背中に飛びかかっては首元に尖った動物の骨をナイフ代わりに何度も突き立てている。
「デル!」
「ああ、分かっている!」
タイサも騒ぎを聞きつけてデルの部屋の扉を開けてきた。デルも近くに置いてあった革の鎧と鉄の剣を身に付けると、急いで部屋を飛び出す。
災難という他に言葉が見つからない。地図が入った荷物は盗まれるわ、洞窟で迷っている途中で全滅したパーティの生き残りと遭遇するわ、ただでさえ少ない食料を分けることになるわ、洞窟内を出たと思ったら見たこともない小さな集落に辿り着くわと、散々な目に合ってきた最後に蛮族の襲撃である。
「一宿一飯のお礼くらいはしないとな」
「全くだ」
階段を下りながら呟くタイサの言葉にデルも頷く。そして目の前の玄関の扉をデルが蹴り開けた。
「タイサ、まず1匹!」
「ほいさっ!」
扉に弾かれたゴブリンがよろめきながらタイサに飛びかかったが、彼は持っていた鉄の小盾でゴブリンを真下に叩き付け、地面に跳ねた後にデルがゴブリンの胸に剣を突き立てる。
「こいつぁ、多いぞ!」
デルはゴブリンを蹴り飛ばして、乱暴に剣を引き抜いた。
同族が地面に転がる音を聞いた他のゴブリン達が一斉に二人を視界に入れる。さらに何匹かのゴブリンが近くの仲間に声をかけ、十秒もしない内にゴブリンの数は倍へと膨れ上がった。
「あーあー、デルが多いって言ったから」
「煩い! 文句は向こうに言え!」
苦笑するタイサにデルが怒り出す。
ゴブリンは毒を使う。初心者はその毒を軽視して倒れる事が多いが、手慣れた者程、毒消しの携帯を忘れない。
「タイサ、毒消し………持ってるか?」
「何言ってる。俺にその類の薬が必要ないのは知っているだろう? 仮にあったとしても、盗られた荷物の中だ」
自分で言っておきながら、デルは畜生と首を左右に振った。
タイサは無いものをねだっても仕方がないと、二人で出来る事を提案する。
「俺が奴らの群れに突っ込む。デルはその隙を見て、孤立した敵や背中を見せている敵を優先して斬りまくってくれ」
「馬鹿野郎! いくらお前が毒に耐性があるからって、無傷でいられる保証はどこにもない! 回復薬も何もかも、今手元にはないんだぞ!」
ゴブリン達が、じわりじわりと二人を半包囲する様に近付いてくる。気が付けば、押し問答を続けている間に、その数が三十匹に増えていた。
「さぁ、デル。覚悟を決めろ!」
「くそっ、くそっ。いつもそうやってお前はすぐに簡単に覚悟を決めちまう! いいか、人間ってのは意外と簡単に死ぬんだぞ!」
その時、デルとタイサの体が薄く淡い光で包まれた。
「これは加護の魔法? 一体誰が?」
デルが後ろを振り向くと、そこには黒い修道服を着た黒髪の少女が廊下の壁に手を付き、息を切らせながらもう一方の手を必死に前に突き出していた。
彼女は、洞窟内で全滅した冒険者達の唯一人の生存者だった。名前を聞く前に彼女が気を失ってしまった為、彼女の正体も名前も知らない。
少女が、呼吸を無理矢理整えながら必死に呟いた。
「………防御魔法なら、あともう一度だけ唱えられるわ。加護が切れそうになったら………またここに来なさい」
「………十分だ。ありがとう」
タイサは彼女に小さく微笑むと左の盾を前面に構え、右手で剣の柄を握り、そのままゴブリンの群れに突っ込んでいった。
「まったくあの野郎は! おい、俺を置いていくな!」
デルは家の扉を半分閉め、ゴブリン達から少女が見えないように隠してから、無鉄砲な相方の後を追いかけた。




