②出撃
「………団長、自分が先発では駄目なのですか?」
小隊長があらかた部屋を出てから、後続を任されたバルデックは、デルに自分の気持ちを訴えた。呼ばれなかった者の中にも古参や実力者がおり、後衛の指揮は彼らに任せても問題ないんではと提案する。
だが、デルの表情は険しく、首を左右に振った。
「落ち着け。お前はただの小隊長ではない、俺の騎士団の副官も兼ねているんだぞ?」
補給物資を運ぶ以上、手続きなど事務的な面が否応なしにも多くなる。その仕事の一切を請け負うのは副官であるお前だとデルが窘める。
「戦闘になれば、お前ではなく他の小隊長に指揮させれば良い。必要なら、俺から後で任せられる人間に声をかけておく。お前は物資を安全に、素早く届ける事を考えろ」
それに、とデルは右頬を吊り上げながらバルデックの胸当てを小突いた。
「俺がいなくなってからが本番だと言ったのを忘れたのか?」
「えっ!? こ、ここでですか?」
王都で漏らした事を持ち出され、彼は一歩後ずさって驚いた。
「当たり前だ………訓練や演習なんざで部下の心を変えられるものか。実戦でやれ、実戦で!」
デルは周囲を見渡し、会議室に残って自分達の会話を微笑ましく聞いていた小隊長の名前を呼んだ。
「エーベルン! 悪いが後続部隊の戦闘指揮を任せる。それ以外はバルデックの指揮に従うよう、上手く計らってやってくれ」
「あ、団長! 今、思い付きで決めましたよね!?」
勘弁してくださいと、呼ばれた男が長い前髪を大きな手で捲し上げ、そのまま自分の顔を覆う。
「何言ってるんだ、お前だって俺が団長になってからの付き合いだろう?」と、デルが笑う。
「了解です。まぁ、期待された以上は、やらせて頂きますよ」
早く会議室から出ればよかったと後悔の顔をしつつも、エーベルンは諦めて上司の命令を聞いた。
こうなっては後がない。バルデックは団長のいない中での小隊長の運営と、後続部隊の指揮を任される事に頷くしかなかった。
「まぁまぁ、大丈夫だ。そう必要以上に心配するな」
デルは自分でも気持ちが昂っていると感じつつ、バルデックの広い背中を何度も叩く。
――――――――――
日はまだ変わっていないが、気が付けば民家の明かりの多くが消えている。比べて東門周辺では多くの篝り火が等間隔で燃えており、デルと共に先行する騎士達が最低限の荷物を馬に縛り付けて集まっていた。
「団長。先発する十小隊、準備を完了しました」
先発隊の中隊長に抜擢したフェルラントが、東門の先頭にいるデルの馬の横に付けて報告する。
連れてきた七百名の援軍の一割にも満たない数だが、十分な速度と戦力の両立を考えると、この数字が限界だった。だが、選んだ騎士達は古参達からみっちりと鍛えられてきただけあって、若い騎士も女性騎士も男女年齢に関係なく、良い面構えをしていた。
デルは馬上で剣を掲げ、小隊全軍に号令をかけた。
「出撃する!」
街の外は明かり一つない闇、月の明かりだけが頼りの中をデル達は出発した。




