⑮赤き手の少女
デルが教会の外に出ると、青い鎧の少女が雲に隠れてる月を背中にして立っていた。
そのせいか、デルには少女の青い鎧の清楚さが失われ、影と合わさって彼女の印象が逆転したかのように見える。
「………あれ、もうお帰りですか?」
きょとんとした少女の表情に、デルは肩をすくめた。
「ああ終わったよ。そう言えばまだ君の名前を聞いていなかったな」
「私はイリーナと言います。デルさん達の事はお師匠様から何度も聞いています」
まるで憧れていた人に会ったかの様にイリーナは両手を握り、それを口元に近付けて喜んでいる。その仕草だけを見れば、年頃の女の子に見えるのだが、デルは少女の両手についていた黒い染みに気が付いた。
イリーナは息を僅かに吸うように驚くと、自分の手を見て慌てて背中にし、笑って誤魔化そうとした。
だが、彼女の足元には、手についた黒い染みが雫となって一滴、また一滴と垂れ続けている。
少女の背後の大きな月が雲の合間から覗き込むように、黒い染みが本来の色を伝えた。
「いけないいけない。早く手を洗わないと、お師匠様にまた怒られちゃう」
「………イリーナ?」
デルは少女から感じてはいけない気配を感じ取ってしまった。喉が急に乾き、口が堅く閉じられる。彼女の手を照らす為だけに顔を出した月が再び雲に隠れていくと、影になった彼女の青い瞳が不気味に光ったように見えた。
「気を付けてくださいデルさん。先程、教会の近くに狼が数匹程うろついていましたから」
「………分かった、気を付けよう」
デルは少女の腰の剣をそっと見るが、彼女の剣は鞘も握るべき柄も一切汚れておらず、抜かれた形跡すらない。にもかかわらず、何かの液体で両手を汚しているイリーナが、どのように狼を倒したのかを想像すると、デルは少女が青い鎧を着ている理由を理解するようになった。




