⑫団長は大人気ない
「お師匠様からの伝言です!」
説明もなくいきなり少女はデルに指を向け、不躾に言葉をぶつけてきた。
「今すぐ、街はずれの教会に来なさい!」
「………はぁ?」
全く意味が分からない。デルは窓から顔を出して少女に顔を近付ける。少女は、デルの鋭い目に負け、怯えるように一歩、二歩と後ずさり始めた。
デルが畳みかける。
「何かのいたずらか? おい俺はな、こう見えてとっ―――ても忙しいんだ。悪いが、宗教勧誘なら別の所でやってくれ」
「違うもん! いいから来て欲しいの!」「はいはい」
第一、目の前の少女が聖教騎士団かどうかも怪しい。少なくとも、彼女の年齢で名乗れる程、優しい世界ではない事をデルは知っている。
「まったく、近頃の子供は何を考えているのやら」「ちょっ―――」
デルは窓を強めに閉めて再び机に向き合った。
窓には相変わらず小石が幾度となくぶつけられているが、デルは無視して机にかじりつき、明日の人選を絞り出していく。
―――目を見開く程の大騒音。
窓ガラスが部屋に響き渡る断末魔と共に破られた。
驚いたデルが部屋の隅を見ると、大人の拳程の石が床の上に恨めしく転がっていた。
「まったく限度ってものを………」
ここまでされれば事を大きくせざるを得ない。デルは彼女を捕まえ、親を呼び出して厳重に注意してやろうと覚悟を決める。
「おい、いい加減にしろ!」
割れたガラスに気を付けながらデルが窓を開けると、先程の少女がガラスが割れる音を聞きつけた数名の騎士団に捕らわれていた瞬間だった。
「は、放せぇぇぇっ!」
少女は浮いた両足を振って暴れているが、屈強な二人の騎士に両腕を掴まれており、それ以上成す術もない。
「さすがにやり過ぎだ、馬鹿たれ。今親を呼んでやるから覚悟しろよ」
悪役のような笑いのように喉を鳴らすデルは、捕まっている少女に顎を突き出して見下ろした。
「くそぉー! お師匠様に訴えてやる!」
訳が分からず少女は何度も『お師匠様』を連呼する。
先程の会話の流れから、自分を呼び出すように言っているのはその『お師匠様』だとデルが察する。
「こんな時間に街外れの教会なんぞ………そのお師匠様とやらは、他に何か言っていたのか?」
弟子が弟子なら師匠も大した事なさそうだと、デルは割れたガラスを払い、窓枠で頬杖を突いた。
「ええ、言っていたわ!」
「ほほぉ、是非とも伺おう」
両腕を掴まれたままの少女は、諦めたように体の動きを止めると、恨めしそうな顔でデルを睨みつけながら口を開く。
「あなた、二つ名のようにベッドの上でも他の騎士より早いって本当なの?」
―――場が凍り付く。
少女を掴んでいた騎士の一人が我慢できず、口から息を盛大に噴き出した。
その瞬間、デルと少女の間にあった窓枠と石の壁がバラバラに切り刻まれ、剣を抜いていたデルが外に出てくる。
「よぉぉし、そのお師匠とやらに案内してもらおうか!」




