⑩行軍六日目 -迫られる選択-
「ありえない」
デルは天井を見上げた後、感情的に握り潰した紙を広げ直し、最後に読み残していた一文を静かに読み込んだ。
―――ゴブリンの行動に異常性あり。今後も被害が大きくなる恐れがある為、至急援軍を求める。
最後にはカッセルの署名が書かれている。どうやら彼自身はまだ無事らしい。
「団長! ゴブリン達が長槍を使ったなんて聞いた事がありません!」
近くで全てを聞いていたバルデックが声を荒げた。加えるならば、五十匹のゴブリンに二十名近い死傷者を出している時点で、銀龍騎士団始まって以来の大失態でもある。
「そう大声で叫ぶなバルデック。別にお前が襲われた訳ではないだろう」
デルは自分にも言い聞かせるように目を瞑り、バルデックに声をかける。
それに周囲の騎士達に不用意に聞かれたくない。こういった不安な情報は尾ひれがつき、やがて恐怖と名を変えて自分達に返って来る。
どうも悪い事というのは続けて起こるものらしい。補給がままならず、さらに前線に置いてきたカッセルらは敵の攻撃を受けて苦戦している。
デルは根本的に今後の動きを変える必要性に迫られた。
「バルデック。悪いが二時間後に中隊長及び小隊長全員を会議室に集めるよう声をかけてくれ。あと、分かっているとは思うが、この件はまだ他言無用だ。俺から話す」
「………了解。すぐに伝えに行きます」
不安な表情を消せぬままのバルデックはデルに敬礼を済ませると、命令を速やかに実行するべく、通路を走り抜けて行った。
デルは大きく息を吸ってゆっくり吐き出すと、正面の扉を開けて団長用にあてがわれた部屋に入る。
「さて、どうしたものか」
部屋の中心で顎に手を当てて考える。
用意できた物資は七割。全軍が出発するのに最低でも二日。そしてカッセル達の被害は三日前の情報。そして、今以上にカッセル達の被害が大きくなっていても不思議ではない。
「この街から馬を出せば二日とかからないが、準備を終えて出発すれば四日後の到着だ………被害が出てから一週間、それでは遅い」
前線に残してきた騎士は三百人程度。まさか『色付き』の騎士がゴブリンに殺されるとは、殺された本人すら思ってもいなかっただろう。デルは亡くなった騎士やその家族、生き残った騎士達の心情を考えると、胸が苦しくなった。




