⑧行軍六日目 -問題発生-
行軍行程の6日目。
西半分の空が赤く、残りが暗くなりかけた頃、銀龍騎士団が大きな街としては最も東に位置するゲンテに到着した。
これより東は街と呼ぶにはかなり小さな規模の集落が点々としているだけで、それ故に騎士団にとってはこの街が最後の休息と補給の場所となる。以前、蛮族からの襲撃はなく、野営を担当する騎士達は安心してテントを手際よく立て始めていた。
しかし、ここで初めて問題が起きる。
「………物資がまだ集まっていない?」
デルは街の屯所に着くなり、補給を担当している事務騎士の報告に厳しい表情で対応した。
この街が最後の補給地点だということは末端の騎士ですら理解している。その事を、この街の事務騎士が知らない訳がない。
報告に来た事務騎士が、青ざめた顔に流れる額の汗を何度も袖で拭いながら弁明する。
「………申し訳ありません。実はこの街の物資の多くが領主によって買い占められており、そこから買い付けようとすると、通常の三割増しの値段を要求されてしまうのです」
「三割増しだと? そんな額で購入でもしたら………」
「―――はい、それでは予算が立ち行かないと我々は判断し、騎士団の行軍ルートから外れている近隣の街へ馬車を出し、手分けして買い付けに行く事になったのです」
それでもようやく予定の七割を集める事が精一杯だったと、必死の形相で説明と謝罪を事務騎士が繰り返す。
デルの脳裏に、一筋のシナリオが浮かぶ。
「確か、ここの領主の貴族の一族に金竜騎士団の騎士がいたな」
「………はい」
事務騎士の男は悔しそうに頷いた。
王都の騎士団本部でふんぞり返っている男のつまらない顔が浮かび上がり、デルの拳は自然と強く握られていく。ここまで順調だっただけに、補給不足による足止めは何としても避けたい。古今東西、飢えた軍が戦いに勝利した試しはない。
「あのボンボンめ………奴の騎士団はこの戦いに出ないだろうに」
王都の方角を向いたデルは、自分達が王国騎士団の裏事情に巻き込まれるとは思ってもみなかったと自分の手のひらに拳をぶつける。
恐らく王国騎士団が補給物資をここから買い付ける時に一儲けする気なのだろう。イーチャウの金竜騎士団が出陣するならば、自分達の財布で何をしようが無視しても構わないが、他の騎士団がその巻き添えを受ける事にデルは怒りを覚える。どうせイーチャウ自身にも利益の一部が流れていくに違いない。
「馬鹿馬鹿しい!」
思わず感情が声に出た。
事務騎士にはデルの言葉が理解できず、しかし尋ねる訳にもいかず、不安な目で視線が泳いでいる。デルは目の前で慌てている騎士の様子に気が付くと、こちらの話だと手を軽く左右に振って表情を直し、改めて彼に言葉を投げかけた。




