①古参のフェルラント
団長会議を終えてから数時間。デルは、妻が用意した弁当を執務室で食べ終え、使い捨ての容器を足元のゴミ箱へと入れる。
『団長。整列しました』
扉越しから、バルデックの報告を受ける。デルは『そうか』と答えると立ち上がり、身なりを今一度確認してから扉を開けた。
「全員揃っているな」
デルは詰所の中を左右に見渡す。王都に残留していた三個騎士中隊、その中隊長と小隊長合わせて三十人が一斉に立ち上がり、列の先頭に移動するデルを敬礼で迎えた。
新任のバルデックは最後尾に立っている。いささか緊張した面持ちな彼を見付けたデルは昔の自分を思い出しながら、小さく頬を緩めた。
「既に王都に残留していた各中隊、七百名が東門にて準備を整えております」
列の中央に立っている隻眼の騎士が、重みのある落ち着いた低音で答える。銀龍騎士団で古参の一人、最年長のフェルラントである。
髪の半分以上が白くなっている彼は、騎士総長のシーダインよりも年上だが、老練でありながら背筋が伸び、無駄のない体の締まりをしている。銀龍騎士団の中で最も長く中隊長を務めており、同じ騎士団の中隊長は少なからず彼の指導を受けて育っている。他の騎士団に異動していった者も、時折相談事を持ち掛けてくる程に彼の存在は大きい。年齢の割に、話が長くならない所も彼の長所である。
デルは彼を王都に駐留する銀龍騎士団の責任者として任命していたが、今回の再遠征にかかる先発も、手際の良さは彼だからこそ成しえた技である。
だが、そんなフェルラントは元々騎士団『盾』に在籍していた事を知る者は少ない。他の騎士団を経由しての異動だった事もあるが、彼自身もそれを敢えて公言してない。
「それでは、これからの動きを説明する」
全員の顔を一瞥したデルの言葉に、末席の小隊長まで背筋が伸びていく。
「我々銀龍騎士団は、カデリア自治領東部に存在する小さな集落、先の遠征で駐留していた場所を最短で目指す。そこで既に陣を構えている副長らと合流し、本隊が到着する前に、物資の補給及び防衛陣地の構築を完了させる。これが当面の任務である」
蛮族相手に、銀龍騎士団の全軍を当てる事実に室内がやや騒めいたが、デルが蛮族の規模が千匹に達する可能性がある数だと言葉にした途端、全員の口が一斉に閉じた。
「故に他の騎士団も討伐に参加し、東部方面の蛮族達を一掃する事となった。我が銀龍騎士団は、その先発として出発する」
銀龍騎士団は、速さを追求した団長に漏れず、迅速な行動を得意とする騎士団としても名を馳せている。彼は全ての補給物資を積んで出発する従来の流れを変え、早馬で通過する街に情報と指示を事前に伝えておく事で、街ごとに物資の追加と馬の交換を行う事を可能にしている。
今回出撃する騎士達も、馬に積められるだけの食料と装備品だけで事足りる為、足の遅い馬車を用意していない。
「それでは出発だ。今日中に二つの街を越えるぞ!」
「「「「「はっ」」」」」
デルの号令に、バルデックを含めた小隊長達は一斉に屯所を出ていった。




