②闇夜の森の中で
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「団長。偵察に行った騎士達が戻ってきました」
夜間の作戦で僅かに目を瞑っていたらしい。龍の紋章が所々に刻まれた黒銀の鎧を身に付けたデルは、副官の騎士からの小声でゆっくりと目を開けた。
「分かった。報告を」
部下の手前、寝ていたとは言えず、彼は誤魔化すように眉の上を擦りながら副官に視線を送る。
「やはりゴブリンの集落のようです。村から奪った食料や家畜………それと村人が数名とのこと」
「敵の規模は?」
「三十から五十匹」
対してこちらの騎士団は精鋭の騎士が八十名。本能のみでしか動けない蛮族相手には、十二分な戦力が揃っていた。
だが蛮族の集落には村から攫った村人達がいる。彼らを無事に救わなければ王国騎士団として派遣された意味がない。デルは与えられた情報を基に作戦を練った
。
「これより集落を奇襲する。バルデック、悪いが副長を呼んできてくれ」
「承知しました」
デルの指示を受け、副官のバルデックが闇夜の森の中を静かに駆けていく。
平民出身の彼は、上腕二頭筋で子どもを簡単に持ち上げられる筋肉質な体格こそ悪くないが、やや背が低い事を気にしている。性格もまっすぐで、多少角ばっているものの顔立ちも悪くない。浮いた話が全くないのが気になるところだが、そこは気長に待つしかない。
銀龍騎士団は王国騎士団の中でも『色付き』と呼ばれる上位の騎士団である。上位になる程、自然と貴族の割合が増えていくが、副官を務めるバルデックは平民からの叩き上げとして、その実力を認められた優秀な騎士であった。
彼がこの騎士団に異動してきて間もなく三ヶ月。この遠征が終われば、彼を小隊長として経験を積ませようと、デルが気にかけている部下の一人である。
「団長、副長を呼んできました」
明かりもない暗闇の森の中で、バルデックはすぐに副長を呼んできた。
「団長、奇襲をかけるとのことで?」
「そうだ」
副長はここに来るまでにバルデックから簡単な報告を受けていた。
バルデックとは反対に、貴族出身のカッセルは銀龍騎士団の副長を務める。実力もさる事ながら、貴族と平民を、公私で使い分ける事が出来る珍しい種類の人間だ。そのお陰で、彼が副長となってからは同じ騎士団内での貴族と平民とのいさかいが激減している。
カッセル自身は今年で三十歳を迎えるデルよりも一回りも上だが、副長としての立場を崩さず、しかし時折年長者としての落ち着いた言動を取り、しかも礼を欠かさない律儀な男である。