②エルザ
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「タイサはなぁ………本当は強ぇんだよ」
「はいはい。もう何回も聞きましたよ」
テーブルに突っ伏したまま、デルは寝言のように同じ言葉を繰り返していた。テーブルの上にはチーズが数切れ残り、葡萄酒の瓶もいつしか底が見えていた。
妻のエルザはデルの晩酌に付き合い、彼の昔話に付き合わされている。デルが酔った時に話す内容は、決まって冒険者からの腐れ縁の人との昔話だ。
「エルザぁ………ちゃんと聞いてるか?」
「ええ、聞いてますよ。その後、あなたとタイサが戦って、相手に一矢報いたんですよね」
何度も聞かされた入団試験の戦い。エルザは残ったチーズの欠片を指で摘まんで口の中に滑り込ませると、葡萄酒を一口流し込む。街で適当に買ってきたとデルが言う割には、随分と甘く飲みやすい。値段の割には良い味を出していた。
「………でもあいつはその件がきっかけで、貴族達からは目を付けられちまって………一番変な騎士団に入れられちまったんだ」
「でもあなたは、シーダイン様の付き人に選ばれたじゃない。偶然って事はないのかしら」
妻の言葉に、デルは『違う違う』と顔を沈めたまま手を左右に振った。
「きっと何か取引があったんだよ。そうでなきゃ、一緒に戦ったのにこれだけ天地の開いた待遇なんてありえないだろう? なのに、タイサは一向に喋ろうとしねぇ………まったく、どこまでも………」
振っていた手がテーブルに突っ伏した。そしてデルは最後まで言い切れず、代わりに寝息が彼の口から洩れ始める。
「あらら、今日は記録更新ならず、ね」
酔いが浅い時は話が続くのだが、今日はここで終わってしまったとエルザは残念がる。そしてグラスに入った葡萄酒を全て飲み終えると立ち上がり、寝室から持って来た毛布を夫の肩にそっとかけた。
「本当にタイサさんと仲が良いのね………」
エルザがデルと付き合う事になった時、彼が最初に報告したいと紹介されたのがタイサだった。それ以降、時々だがデルはタイサを家に招いて一緒に食事をする事があった。彼女にはデルとタイサの関係について知らない事がまだ多くあるものの、夫であるデルがずっと信頼し、気にかけている事は話の中から十分に伝わっている。
「でも、もう少しお酒が強くなって欲しいものね。今日のあなたはまだ一杯しか飲んでいないのよ?」
エルザはやや赤みがかったデルの頬に、そっと口づけをすると、自分は寝室に向かって行った。




