①入団試験
―――10年前。
デルとタイサは、騎士団本部の中にある円形の修練場の中央に立っていた。
騎士同士が互いに研鑽し、技術を学び合う場所として使われているこの場所は、見習い騎士達によって毎日綺麗にならされている地面に対して、石壁は新旧混在しており、その訓練の過酷さを物語っている。
「ようこそ、騎士団本部の修練場へ。君達が我が王国騎士団への入団を希望する若者である事は、さるお方より聞かされている。だが、どんな地位の方からの声であっても、実力無き者を入れる程、この王国騎士団は甘くはない」
年は三十前半ばという所か。僅かに白い髪が見え、顔は中年として典型的な造りであった。しかし、黒銀の見事な鎧に包まれたその体は、歴戦の騎士を思わせる程に無駄がなく、隙間から見える筋肉の盛り上がりが日々の鍛錬を怠っていない証拠を見せつけてくる。
彼は口元を緩めてはいるが、目を鋭く入団志望の力量を計ろうと直視していた。
『逆襲』のシーダイン。
王国内でも名前が知れ渡っている銀龍騎士団の騎士団長は、冒険者上がりのデル達であっても礼を欠かさない紳士的な姿勢と、騎士団長としての威厳を込めて話しかけている。
「分かっています。ここで力を示せ、そういう事ですね」
デルよりも早く、隣にいるタイサが声に出した。
「そういうことだ」
話が早くて助かるとシーダインは軽く頷いた。
もちろん現役の騎士団長を倒す事など、並大抵の人間にできるはずがない。二人がかりでも結果は変わる事はない。それだけ彼の勇戦は王国内で名が通っている。数年務めてきた冒険者ギルドの中で、ようやく顔と名前が一致され始めてきたデル達にとっては、夢のような英雄的存在であった。
だからこそ、騎士見習いや新米騎士程度に戦える事を証明すればよい。デル達はそう解釈した。
「シーダイン団長。よければこの試験、私に担当させてもらえないでしょうか?」
シーダインの後方、先程からずっと壁に寄りかかって腕を組んでいた金髪の騎士が、つまらなさそうな顔付きでシーダインに近付いてきた。
「カウシン団長」
シーダインが一歩道を譲ると、カウシンと呼ばれた男はデル達を見下すように顎を上げ、溜息をまき散らしながら首を左右に何度も振った
「幼い王女殿下にも困ったものですな。このような貴族でもない、育ちも分からない下賤な者を栄えある王国騎士団に入れろとは………身内びいきをするつもりは毛頭ありませんが、弟のイーチャウの方がよほど優秀だと思いますよ」
その瞬間、デルは石壁に叩き付けられていた。
一瞬、何が起きたのか分からず叩き付けられた背中の痛みの後に、腹部の感覚がなくなるほどの痛みが襲い掛かり、初めて自分が足の裏で蹴られたのだと気付く。
「デルっ!」タイサが叫ぶ。
あまりの衝撃に、肺の中の空気が全て出ていった。しかも息を吸い込もうとしても腹部に力が入らずに喉までしか空気が入らない。デルは地面に両手をつき、必死に息を吸い込もうと力を入れ続けながら周囲を把握しようとしたが、タイサの声もはるか遠くにいるかのように聞き取りづらかった。
「こ、この野郎っ!」
タイサが腰の剣を抜いて、デルとカウシンの間に立つ。
「カウシン、止めないか! タイサ! 貴様も剣を引け!」
静止させようとするシーダインの大声に、カウシンは目を細めながら口元を緩ませると、今度は顎を引いて喉から笑い出した。
「いやいや、シーダイン団長。このままで結構です。彼も私と戦いたいようですから」
カウシンも腰の黄金色の鞘から白銀の剣をゆっくりと引き抜くと、光に当てるようにタイサに見せつける。
「だが、剣を抜いた以上は真剣勝負だ。仮に死んだとしても、化けて出ないでくれよ?」
「それはこっちのセリフだ………油断した貴族様程、あっけない惨めな最期という事も十分にあるんじゃないか?」
「………身の程知らずめ」
半笑いを続けるタイサに、カウシンが飛びかかった。




