⑨家族のもとへ
「さて、あいつはまだいるかな」
デルは自分の詰所を抜けると、庁舎に沿って歩き始める。『色なし』の、しかもその中でも底辺の騎士団となると、騎士団本部の端から端程に離れていた。
それでもようやく親友の詰所が見えてきたが、部屋から光が漏れていない。
「………何だ、留守か?」
掠れた文字で騎士団『盾』と書かれた古びた案内板と木造でできた扉は施錠されており、窓を覗いても人の気配はなかった。
デルは偶然通りかかった、帰り際の二等騎士に声をかける。
「済まないが、ここの騎士団は何かの作戦中か?」
「え? 『盾』の連中かい………っと、デル団長殿!」
疲れていたのか、私服姿の騎士団長だと気付くのが遅れた騎士は、目を覚ますような声と姿勢を作ると『失礼しました』と敬礼した。
「現在、『盾』は蛮族の討伐と報告を終え、先程全員で帰られたようです」
「全員でか?」「はい!」
そこでようやく、デルは騎士団『盾』の副長が別の騎士団へ異動するのだったと思い出す。そして全員で出たというのであれば、どこかで飲んでいるのだろうと理解した。
「分かった、ありがとう」
デルは緊張している騎士に声をかけるとその場を離れる。
「仕方がない、また今度にするか」
騎士総長が自分に刺し込んでいた釘を思い出し、デルは親友と飲む事を諦める。そして妻を大切にするようにという言葉も併せて思い出し、デルはそのまま帰路についた。
途中、大通りに面した商店にあった王都産のチーズの塊と隣に置いてあった安物の葡萄酒を一本購入し、衛兵が立っている東地区の門をくぐる。
東地区には比較的裕福な平民や商人が住居を構えており、地区に入る為の専用門や巡回する衛兵の数も他の地区よりも多い。石畳の左右には、魔導灯が等間隔に設置され、石畳を歩く人々の足元を朝まで柔らかく照らしてくれる。
デルは途中で何人かとすれ違い、反射的に会釈を交わした。仕事詰めでこの地区との交流がほとんどないが、ここに住んでいる以上、愛想は良くしておくべきである。
そして歩くこと十数分。
階数の多いレンガ造りの建物の数が減り始め、大きな庭のある一軒家が少しずつ増え始めた所で、デルは足を止める。
目の前の庭から白と黒の色をそれぞれもつ大型犬が、尻尾を振りながらデルに前足を預けてきた。
「おお、よしよし。元気にしてたか?」
デルが二匹の大型犬を抱きしめ、犬は主人の帰還を喜び、舌を出しながら優しく吠えている。
「あらあら、うちの子達が大きく吠えていると思って来て見れば………うちに犬は三匹もいたかしら」
家から出てくるや、丸い眼鏡をかけたエプロン姿の若い女性はくすくすと笑ってデルを出迎えた。二匹の犬は、彼女の声が聞こえてくるや、すぐにデルの下から離れ、上位の主人に忠義を尽く始める。
「酷いなエルザ。家の主人を犬呼ばわりとは」
デルは笑いながら妻のエルザに買ってきた葡萄酒とチーズが入った袋を預けた。
「あら、今日はタイサさんとは飲みに行かなかったのね」
彼女は袋の中身を見てある程度の事を理解した。
「バレたか………まぁ、その辺は家の中に入ってから話すよ」
デルはエルザの肩に手をかけると、彼女の唇に軽く唇を合わせる。
「ただいま」
「おかえりなさい、あなた」
二人は犬に囲まれながら家の中へと入っていった。




