⑤大遠征決定
騎士団本部の二階にある事務室の奥に、騎士総長の執務室が存在する。
デルは、シーダインと共に事務室に入ると、執務室の前で、紫色の髪をした若い女性騎士が扉の前で直立していた。だが、シーダインはすれ違いざまに、彼女の顔を僅かに見てから『少し待て』とだけ伝え、先にデルの要件を聞こうと彼女の面会を後回しにする。
部屋の扉が閉まると、騎士総長は自分の机を目指しながら思い出したかのように話を始めた。
「そうだ。例の件………タイサの所にいる副長のジャック二等騎士だが、無事に異動が決まった」
「ありがとうございます」
騎士総長は執務室の椅子を横にして座ると、机の上にあった羊皮紙を手に取るや、わざとらしく覗くように見て、口を尖らせた。
「だが試験評価者がお前だという所がな………手続き上は何も問題はないが、あまり多用するな? 気にする奴は気にするぞ」
騎士団『盾』の団長タイサとデルが冒険者時代からの仲であり、かつ同期の騎士である事は、それなりに長く務めている騎士達の中では周知の事実となっている。その二人が、異動に関する評価試験の依頼者と評価者という所に、疑問を持つ者がいてもおかしくはないと騎士総長はデルに釘を刺す。
「ですが、彼の実力は十分に評価を満たすものでした」
むしろ他の騎士よりも厳しくつけたと、デルにはそれなりの自負があった。
「それでもだ。しばらくは止めておけ」
恐らく誰かしらの発言があったのだろう。デルは騎士総長の忠告の意味を自分なりに解釈し、それ以上は反論せずに『分かりました』とだけ頷く事にした。
「それで? 早馬の報告を聞こうか」
椅子の向きを正面に直して、騎士総長がデルに遠征の報告を求めた。
デルは複数の村が蛮族によって襲われていた事、蛮族の集落を破壊した事、そして、新たに発見された蛮族の規模が桁違いだった事を伝えた。
「―――以上の状況から、蛮族を遠征した騎士団だけで叩くのは早計だと判断し、指示を仰ぎに参りました」
「………成程、六百匹のゴブリンか。俺も騎士を務めて、もう二十年以上になるが、これだけの数は初めて聞いたな」
だが、と騎士総長はデルの行動を評価する。
「自分達だけで解決しようと動かなかったのは正解だ」
シーダインもデルと同様に、騎士団のバランスについて考えていた。そしてここは複数の騎士団で討伐する事で、公平性を保とうと騎士総長が結論付ける。
「他にも同じ様な大規模集落が見つかるかもしれん。この際だ、表向きは千匹以上の蛮族が発見されたと公表し、大規模に騎士団を投入。東部方面の蛮族を全て刈り取ってしまおう」
「はい」
王国騎士団の歴史上、類を見ない大遠征が決定した。




