第二話 マレー沖海戦前
1940年10月20日 マレー沖
突如として始まる太平洋戦争、大日本帝国は10月1日未明、タイ国境から山井陸軍中将率いる陸軍第7方面軍が南方イギリス領マレーシア及び東方フランス領インドシナへ侵攻を始めた。
当然事前に察知され、南方には防衛ラインがイギリス側からは敷かれていたものの、圧倒的物量からくる攻勢になすすべもなく、既に20日間で東方フランス領インドシナ政府は降伏し、南方ではマレー半島中部まで進行していた。
制空権の喪失はイギリスの緒戦における敗戦の大きな原因にもなっており、大日本帝国は既に性能では第二線級になりつつある97式戦闘機を、中国にて稼働開始した生産工場の工業力からくる圧倒的物量に物を言わせ160機、97式重爆120機を揃えて断続的に攻撃を加え、陸軍の侵攻を手助けしていた。
だがイギリス軍は本国よりハリケーン戦闘機140機及びドイツに当てていた分から回してまで最新鋭戦闘機であるスピットファイアMk.II 40機をマレーシアへ送り込み、圧倒的性能差により制空権を奪取することに成功していた。
日本軍の侵攻スピードはやや落ち込み、まだシンガポールまでたどり着けていなかった。
そして制空権の奪取と共に奇襲による壊滅回避の為シンガポール港からインド洋のトリンコマリー軍港へ退避させていた東洋艦隊をマレーシア援護の為マラッカ海峡へ発進させた。
だがその動きは日本軍に察知されており、鷺宮は東洋艦隊を壊滅させるため、主力艦隊全てをインド洋へ向けて動かした。
山川大将、小田中将率いる二個機動艦隊及び齋藤中将率いる遊撃艦隊、そして鷺宮自身が直接指揮を行う鷺宮艦隊がイギリス東洋艦隊とアジアの制海権をめぐる戦いに向かった。
日本軍の戦力は海軍においては東洋艦隊の比ではなく、理由は中国において確保した人的資源を稼働させ国内外に造船所を建造していたことにより圧倒的造船力を保有し、既に最新鋭艦を続々と就役させていたことにある。
史実を知る鷺宮は空母の有用性にもいち早く気が付いており、軍縮条約期間中から積極的に空母の技術開発を命じていた。
結果、この時では他国からの追随を許さないレベルの空母建艦能力を保有しており、既に赤城、加賀に加え蒼龍型二隻、飛龍型二隻、そして6月には翔鶴型二隻を就役させていた。
戦艦も関東大震災によって解体された天城型巡洋戦艦を、来る大和型までの繋ぎとして二隻一から改めて建造しており、戦艦数においても日本はイギリスを凌駕していた。
鷺宮は史実日本の艦隊保全思想が敗戦の原因の一つと考えており、海戦においては空母が圧倒的重要と捉えつつも、積極的に投入すれば戦艦も決戦兵器と呼ぶにふさわしい活躍をすると考えていた。
だがそれをするには伊勢・扶桑型、金剛型では性能が不足していたのである。
打撃力、耐久性に欠ける金剛型、速力に欠けるその他に対して、長門型では数が足りず、長門型を純粋に強化した性能を誇る天城型巡洋戦艦は大和型就役までの最適解的存在であった。
そんな大和型は天城型に遅れること半年で計四隻が起工され、呉にて一番艦大和が、佐世保にて二番艦武蔵が既に完成し訓練航海中、そして新造された造船所である市原海軍工廠(千葉県)にて三番艦信濃・四番艦尾張が完成寸前まできていた。
これにた満州、釜山などにおける石炭、鉄鉱石を始めとした資源採掘施設の拡大及び労働力の増加が大きく作用しており、日本の製鉄コストを大幅に下げ、日本の造船能力の向上に一役買っていた。
「総帥、大和と武蔵がこの度の戦いに出陣出来ぬのが唯一悔やまれますな。」
鷺宮艦隊旗艦、天城の艦橋から鷺宮は大海原を眺めていた。
鷺宮艦隊は齋藤遊撃艦隊後方120km地点にて行動中であり、更に後方には小田機動艦隊が居た。
隣にいるのは天城艦長の早見俊太大佐である。
「確かに大和がいればもっと壮観だっただろうが、この時期に完成した事自体を工廠の皆には褒めるべきだろう。私自身ここまで早く二隻完成するとは思っていなかった。」
「確かに。ただ今回相手するのはネルソン級、レナウン級だけでなく、最近就役したばかりのキングジョージV世級までいるとの情報も。」
イギリス東洋艦隊、ここには40.6㎝砲を搭載するネルソン級と、38.1㎝砲を搭載するレナウン級だけでなく、就役したばかりのキングジョージV世級も配属されていた。
キングジョージV世級は早くても10月に就役という史実の情報を下に鷺宮が開戦時期を定めていたが、日本の動きに影響されたイギリスは急遽予算を割り当て、キングジョージV世をこの戦いに間に合わせることに成功していた。
「ドイツで手一杯のイギリスがここまでやるとは。だがこれはチャンスでもあるぞ、我々がこの天城、そして大和を海軍の象徴に仕立て上げたのと同様に、フッド無き今イギリス海軍のプライドはあのキングジョージV世にあるはずだ。あれを沈められれば大日本帝国海軍の威信は世界に轟くだろう。」
「この緒戦、なんとしても勝利せねばなりませんな。そもそもこの戦いに勝てなければ東南アジア諸国解放など夢物語になってしまいます。」
鷺宮は海風に吹かれながら葉巻を吹かす、前方には長門型戦艦の陸奥が先行している。
「齋藤艦隊の金剛型ではもしかしたら力不足かもしれん。レナウン級とはいい勝負をするかもしれんが、キングジョージV世には攻撃が通らず、ネルソン級の40.6㎝砲には容易く装甲を貫かれるだろう。」
「となれば、必然と対処は我々が、でしょうか?」
戦艦をこの手で沈めてみせると言わんばかりの表情の早見にに鷺宮はにやけながら言う。
「君、心の底ではまだ戦艦が圧倒的だと思っているだろう。」
「それは、まぁ・・・。」
「私の理想は、機動艦隊の航空隊が戦艦を沈めることなのだがね。我々はあくまでも航空隊が沈めきれなかったときのトドメだ。」
その鷺宮の言葉に首をかしげるのは早見だ、鷺宮が積極的に航空母艦及び航空隊の拡張を行うことにあまりよく思っていない海軍関係者がいるのもまた事実であった。
そして階段を駆け上る音と共に、士官が会話を遮る。
「総帥閣下、司令室へお願いします。山川艦隊の偵察機が敵艦隊を確認致しました。参謀長他司令部要員は皆様方集合済みです。」
鷺宮は葉巻の火を消し、懐にしまい、わかった、と言い司令部へと歩みを進める。
司令室には鷺宮艦隊司令部首脳が集まっている。
参謀長は日下部一之進中将が務めている。
既に机の上にはマレー半島を中心とした海図が広げられ、敵艦隊を示す駒が置かれている。
「総帥、敵艦隊は既にマラッカ海峡を抜け、齋藤艦隊前方250km地点にまで来ています。敵戦力はネルソン級一隻、レナウン級二隻、キングジョージV世級と思しき艦影が一隻。ほかにも重巡など多数とのこと。想像よりも多そうです。」
鷺宮は渡されたリストをじっと眺める。
「既に山川大将は第一次攻撃隊を発進させているとのことです。同じくして小田機動艦隊もマレー半島航空基地攻撃に向け発進させています。ここまでは、事前の予定通りです。」
この作戦の目標は大きく分けて二つあった。
一つ目は東洋艦隊の殲滅、東南アジアの解放を迅速に行うには制空権、制海権の確保は絶対条件であり、インドネシアやブルネイへの上陸作戦の為にも東洋艦隊の撃破は絶対条件だった。
二つ目はマレー半島における航空基地及びシンガポール要塞の破壊であった。
イギリスが本国より送り込んだ航空隊は思いのほか強力で、旧式機で構成された日本の航空隊をやすやすと食い止めていた。
そこで鷺宮は最新鋭機を配備した機動艦隊を以て航空基地及びシンガポール要塞を空襲し、制空権を再び奪取しようと考えていた。
その為機動艦隊は二分化され、東洋艦隊への攻撃は山川大将率いる山川機動艦隊が、マレー半島における敵基地攻撃及び制空戦闘は小田中将率いる小田機動艦隊が担っていた。
敵艦隊を発見し、その位置が山川、小田両艦隊へ危険を及ぼす位置でないことが確認でき次第即時作戦開始の手立てだった。
その為、東洋艦隊の位置が先頭を走る齋藤艦隊の前方と分かった時点で、作戦は予定通り開始され、山川機動艦隊は東洋艦隊へ、小沢機動艦隊はマレー半島へ攻撃を開始していた。
「ひとまずは航空隊の戦果次第か・・・念のため我々も増速しいざという時齋藤艦隊を援護できるよう急ぐぞ。全力で追いかけるんだ。恐らく敵には航空母艦を旗艦とする別動隊もいるはずだ。偵察は絶やさず行え!」
鷺宮の命令を受け取り、日下部が伝声管へ駆け寄る。
「はっ!通信室、全艦へ通達、艦隊25ノット!」
直ぐに艦の揺れが大きくなり、出力を上げたことがわかる。
かくしてアジアでも第二次世界大戦の幕が開けようとしていた。
※補足情報
鷺宮艦隊(司令 鷺宮鉄志国家総帥)旗艦 天城
戦艦
天城・土佐(天城型)・長門・陸奥(長門型)
空母
龍驤(龍驤型)
搭載は零式艦上戦闘機36機のみ
重巡洋艦
常念・大沢(常念型)・利根・筑摩(利根型)
軽巡洋艦
阿賀野型2隻
駆逐艦
夕雲型4隻
陽炎型4隻
山川機動艦隊(司令 山川一海軍大将)旗艦 赤城
戦艦
伊勢・日向(伊勢型)
空母
赤城(赤城型)・加賀(加賀型)・翔鶴・瑞鶴(翔鶴型)
重巡洋艦
妙高・那智(妙高型)
軽巡洋艦
川内(川内型)
駆逐艦
陽炎型4隻
小田機動艦隊(司令 小田治一郎海軍中将)旗艦 飛龍
戦艦
扶桑・山城(扶桑型)
空母
飛龍・赤龍(飛龍型)・蒼龍・白龍(蒼龍型)
重巡洋艦
足柄・羽黒(妙高型)
軽巡洋艦
神通(川内型)
駆逐艦
陽炎型4隻
齋藤遊撃艦隊(司令 齋藤信高海軍中将)旗艦 金剛
戦艦
金剛・榛名・比叡・霧島(金剛型)
重巡洋艦
高雄・愛宕・鳥海・摩耶(高雄型)最上・三隈・鈴谷・熊野(最上型)
軽巡洋艦
阿賀野・能代(阿賀野型)
駆逐艦
夕雲型14隻
常念型重巡洋艦
高雄型の拡大型として計画、建造された重巡洋艦
ベースは高雄型としつつも、船体を拡大させ、旗艦機能を縮小させ艦橋を小型化させた代わりに主砲を強化した。
主砲には50口径25.4㎝連装砲を採用し、より火力支援的な役割を増幅させ、他にも防空火器などにも重点が置かれている。
新たに開発されている新型艦に向けた改良型のギヤードタービンを始めた新技術の試験艦的役割も担っている。
基準排水量 16,500トン
全長 215メートル
全幅 22メートル
機関 艦本式重油専燃缶16基 改良型艦本式オールギヤードタービン4基4軸
馬力 18万馬力
速度 36ノット
武装 九九式50口径25.4㎝連装砲 4基8門(前部2基 後部2基)
九八式10cm連装高角砲 6基12門
九九式37mm連装機関砲 10基20門
九六式25mm三連装機銃 8基24丁
61cm四連装魚雷発射管 4基
史実に存在した艦型で補足情報に出てこなかった場合は基本的に史実通りだと考えてください。
改装などが入った場合は本文か補足で情報を登場させます。