第一話
※1939年12月10日
世界では戦火が広がりつつあった。
ヨーロッパではアドルフ・ヒトラー率いるナチスドイツによるポーランド侵攻を発端とする第二次世界大戦がはじまり、アジアでは大日本帝国が中国に対し日中戦争を引き起こしていた。
ナチスドイツは電撃戦を仕掛け、ポーランドを占領、戦力を西方へ向けていた。
中国ではソ連、アメリカなどの支援もむなしく、大日本帝国が躍進を続け、南京を占領したのち領土返還を条件に早期講和を行い中華国として傀儡政権を樹立した。
全アジアの解放という大義名分のもと行われる大日本帝国の領土拡大はタイにまで及び、タイも今や軍事大国となった帝国に反旗を翻すこともせず傀儡へと成り下がった。
ここまで大日本帝国が、快進撃を続けているのには、一人の男の力が存在していた。
※大日本帝国 首都東京 総帥府
大日本帝国の首都東京には天皇の居住する皇居とは別に、国政、軍事の最高指導者である総帥の官邸があった。
官邸前広場ではタイの大東亜共栄圏への参入、実質での傀儡化を祝う演説を行われている。
大日本帝国総帥の名は鷺宮鉄志、若干30歳にして総帥への着任した、昭和天皇以上に実権を握っている人物である。
大日本帝国は国家成立後天皇と総帥によって権力を二分化し国家運営を行っていた。
そして1937年末、鉄志の父藏合が死に、次期総帥として日中戦争の早期終結、満州、朝鮮での高度成長化政策の成功を成し遂げていた鉄志が選挙で圧勝し総帥として着任した。
朝鮮半島、満州での経済成長は現地人と協力して成し遂げたものであり、差別なく行われたことで国内はもちろん、朝鮮人の皇民化をも行った鉄志は植民地での人気も圧倒的であった。
「新聞やラジオ、報道各社の報道で知ったものもすでに多いだろう。先日、タイ王国という東南アジアの国家が、正式に大東亜共栄圏への加入を表明し、即時、盟主である大日本帝国の総帥である私は承認をした。なぜならばタイという国が存在する場所は・・・フランスの圧政に苦しむフランス領インドシナ、英連邦の圧政に苦しむインドの狭間に位置しており、我々大日本帝国の助けを求めていることは明白であるからだ。今後我々は同盟国である満州、中国、そしてこのタイ王国と共に欧米諸国の圧政に苦しむ東南アジア諸国を救う。そしてその矛先に立つのは我々日本国民である。各々には、そのことの大切さ、そして責任と誇りを自覚してほしい。」
演説が一区切りしたところで、待っていたと言わんばかりに後ろに座っていた側近たちが立ち上がり、大声を上げ、拡声器により広場に伝わる。
「大日本帝国万歳!大日本帝国万歳!大東亜共栄圏万歳!鷺宮万歳!」
広場の民衆は熱狂し、ラジオで放送されている各所でも万歳の声が響いた。
鷺宮が演説台を後にしてもその声は止まらない。
「総帥、お見事です。」
女性士官が擦り寄った。
鷺宮はニヤケながらつぶやく。
「ドイツのヒトラー、三国同盟を断ったのは申し訳なかったが・・・彼の演説や国の技術には目を張るものがあるな。確かに、民衆というのは愚かかもしれん。・・・ようやく、ようやくだ。ここまでようやく来た。すでに出来ることは、全て・・・・。」
※1998年 日本国
テレビがニュース番組を放送している。
「戦争研究家として多大なる功績を残された、鷺宮鉄志氏が本日未明、死去されました。年齢は91歳、死因は老衰とのことで、葬儀は親族のみで執り行われるとのことです。鷺宮氏は太平洋戦争時、海軍将校として従軍し・・・」
鷺宮鉄志、正体は元軍人、元戦争研究家、死後目が覚めた時には総帥家、鷺宮一族の長男鉄志として再びこの世に生を受けていた。
だがそれは鉄氏が元いた現実世界ではなく、パラレルワールドなのか、歴史の違う日本であった。
戦後はひたすら研究の日々を過ごし、いかにすれば日本は勝利へと進めたか等の仮想を繰り返し、本なども多数出版していた。
そしてそれを繰り返し、こうしていれば勝てたかもしれないという結果論を築き上げる度に当時の自分に対する後悔をし続けていた。
あのときに戻れればこうした、という想像をする度に苦しくなる日々、その無念を晴らそうと神が味方してくれたのか、死の間際意識が遠のくなか突如として意識が鮮明になる。
はっとして起き上がった時には、1918年、当時十歳の鷺宮鉄志として時間が巻き戻っていた。
違うのは境遇、元いた世界では成績優秀であり若くして将校となったものの年齢が災いしていかに成果を残そうとも軍を動かすほどの権力はなかったし、そもそもどう足掻こうとも日本は勝利できるはずがなかった。
だが生まれた時から国家すら動かせる次期総帥へ最も近いポジションに生まれ、年齢的にも地盤づくりに時間をいくらでも割けるタイミング。
願いがかなったとしか思えなかった。
※1938年12月12日 総帥府陸海軍共同会議室
「この国を勝利へ進ませるために必要な地盤づくりはできる限り行った・・・。日中戦争も、可能な限り少ない損害で早期終結を実現し、植民地の工業力はあのときとは比にならなく、国民は国家間に差別意識はなく一致団結している。ようやくここまで来たのだ。大東亜共栄圏、アジア解放の大義名分も表向きはとても良く使える。アメリカもここまで綺麗に解放を謳えば動きにくいだろうな。」
「総帥・・・?何を。」
この部屋では現在、陸海軍の首脳たちによる共同会議が行われていた。
会議の目的は、今後の戦争計画についてだった。
「すまない・・・我々は既に世界第二位の工業力を手に入れている。ここ本土、そして朝鮮、満州に台湾・・・なにより中国という圧倒的な労働力も今後は活用することが出来る。かのドイツやイギリスなど目でもないだろう。建設中の工場も続々と完成し稼働を始めるだろう。だがそんな我々の国力を現時点でも上回る国家が存在する。知っての通り、アメリカ合衆国だ。工業力では、中国をも手中に収めた我々はアメリカをも追い越す未来も見えて来た。」
「その通りです。総帥が総帥になられる前の行いも素晴らしいものでした。その結果は今、確実に実を結びつつあります。」
今発言した男は野村大賀海軍中将、東シナ海を防衛する第三艦隊司令である。
「野村君、そんな我々だが、持っていないものもある。海軍も、陸軍も、次の戦いに石油は必要不可欠だ。」
その発言に応えるように次は陸軍の将校が話す。
「ですが総帥、科学者達への助言は見事的中しておりました。大陸・・・満州のチチハル、あそこには油田があります。あそこが稼働するにはあと5年・・・あと5年経てば我が軍、我が国、我が大東亜共栄圏が石油事情を気にする必要はなくなります。」
「井谷君、あと5年という歳月はあり得ないほどに長いのだよ。私の目論見では、研究部と同じく1940年から41年にはアメリカが対外的に圧力をかけてくるだろう。そこから戦争を行えば・・・我が軍が強固になった分余計に石油が必要なのだ。それを解決するには・・・インドネシアのパレンバンを・・・。」
パレンバンという発言、そこに飛びつくように先の井谷陸軍中将が話をする。
「パレンバンはインドネシアの油田です。今はオランダによって統治されています。われわれが解放すれば、彼の地の油田も自ずと・・・」
その発言に鷺宮はわざとらしく笑う。
「はは、たまたま、圧政に苦しむインドネシアには油田があるんだ。目的は、もちろんオランダからの解放だ。いいな?」
その発言の後、陸軍側から挙手が上がる。
鷺宮は発言を促す。
「参謀本部、鍵本陸軍少将です。パレンバン・・・インドネシアを解放するには、陸軍の私が推測するのもおかしな話かもしれませんが、間違いなくイギリスの東洋艦隊は邪魔になるでしょう。ですが先日加盟したタイ王国を使えば、東洋艦隊拠点のシンガポールへ上陸作戦を行わずに陸軍戦力を送り込めます。陸軍は海軍と協力すれば比較的簡単にマレーとインドネシアを掌握できると推測しています。」
「海軍参謀本部、大塚少将です。現在海軍では総帥からの指示通り、重油を急速にアメリカ、そしてこのオランダ領東インドから輸入しています。重油タンクも各海軍港にて建設し、少なくとも戦争開始後1年間は全力で稼働できます。無理にインドネシアに上陸作戦を敢行するよりも、東洋艦隊拠点の制圧及び海軍戦力での制海権確保を確実に行った後の確保でも問題はないかと。東洋艦隊は強力とはいえ、大英帝国海軍自体、今の我が海軍の比ではありません。」
発言はテンポが良く、陸海軍の協調も感じられる。
それは全て鷺宮が総帥として協力の重要性を説き続けてきた成果でもある。
「良い、今までの行動も、他国には全て正義の下の、解放戦争だ。フィリピンなどを直接攻撃しない限り、アメリカはこちらに攻撃できないはずだ。アメリカが行動し始める前に、我々はフィリピン以外の東南アジアを解放する。次の目標はイギリス領マレー、オランダ領東インドだ。陸海軍協調の上、作戦を立案するんだ。解散!」
「「はっ!」」
かくして、大日本帝国が進むべき道はマレーシアとインドネシア、ブルネイ等に決定した。
大日本帝国は、鷺宮の思惑通りに戦争へと突き進み続けるのである。