虫を潰す
「気付いたらね、部屋の中にいるんです、虫が。真っ黒で羽が生えて…あぁあ私、大嫌いなんですよ、昔から。いやむしろ、好きな人なんているのかな?もう、どこから入って来てるのか、部屋の中で自然発生でもしてるのか、ってくらい、どんどん、増えていくんです。ブーンブーンと唸るような無数の羽音と、真っ黒な点々で、部屋は埋め尽くされいく。
それを私は、部屋の上のほうから見下ろしているんです。幸い、虫たちは私のいる場所までは上がってこない。下の方で、ブーンブーンと飛び回っているだけです。
それで私、気付いたんですよ。部屋にはドアがある。当然ですね。そのドアをすこーしだけ開けるんです。すると、無数の虫たちはその隙間めがけて集まってくるんです。狭い部屋から出たいと思うんでしょうかね。それで、え?開け放ったりなんかしませんよ、そんな。そんなことしてしまったら、虫どもが出てきてしまうじゃないですか。
すこーしだけ開けて、隙間にやつらが集まってきたら、閉めるんです。ドアを。当然、隙間に入ってきていたやつらは潰されますね。ブチブチと。そしてまたすこーしだけ、ドアを開けます。潰します。素晴らしいことを思い付いたものだ!そう思いましたよ。直接手を触れずに、気持ちの悪いやつらを、殺してしまえる。そう思いました。
ドアをすこーしだけ開ける。隙間にやつらが集ってくる。ドアを閉める。ブチブチとやつらが潰れる。ドアをすこーしだけ開ける。隙間にやつらが集ってくる。ドアを閉める。ブチブチとやつらが潰れる。ドアをすこーしだけ開ける。隙間にやつらが集ってくる。ドアを閉める。ブチブチとやつらが潰れる。そのうち、ブーンブーンという音は小さくなり、ブチブチ、ブチブチ、という音ばかりが耳に響くようになってきました。ブチブチ、ブチブチ、ブーンブーン、ブチブチ、ブチブチ、ブチブチ、ブーンブーン、ブチブチ、ブチブチ、ブチブチ、ブチブチ…そうしたらね、耳元で、誰かが囁いたんです。
『本当にそれで、良いの?』て。
え?と思って改めて見てみると、私が潰していたものは、人間の姿をしていたのです。
ドアをすこーしだけ開ける。隙間にやつらが集ってくる。ドアを閉める。ブチブチとやつらが潰れる。ドアをすこーしだけ開ける。隙間にやつらが集ってくる。ドアを閉める。ブチブチとやつらが潰れる。ドアをすこーしだけ開ける。隙間にやつらが集ってくる。ドアを閉める。ブチブチとやつらが潰れる。
ブーンブーンという音は、いつの間にか聞こえなくなっていました。
…あぁあ私、大嫌いなんですよ、昔から。いやむしろ、好きな人なんているのかな?素晴らしいことを思い付いたものだ!そう思いましたよ。直接手を触れずに、気持ちの悪いやつらを、殺してしまえる。そう思いました。」