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終わりがわかっていても  作者: 櫻井賢志郎
3/5

3話

雨音が余命宣告を受けてからもう1週間が経った。

今日は宣告を受けた日ぶりに2人で会うことができる日で、僕たちは初デートで行った水族館に来ていた。


「ねえ待て!クラゲ!」

「本当だ、赤ちゃんクラゲかわいいね」

「こんなちっちゃいのに形はちゃんとクラゲだからちょっと面白いよね!ご飯何食べるんだろうね!」

「たしかに、口とかちゃんとあるのかな」


「チンアナゴだ!」

「チンアナゴって名前も見た目もちょっとアホそうだよね」

「えーわかる!でもそこがまあかわいいんだよね〜」

「なんかこうしてると付き合ったばかりの頃とか思い出すよね」

「わかる、和也本当告白まで長かったよね!」

「その話はもういいって」

「えーかわいいのにー」


嬉しそうに雨音は僕が告白した時の話をしてたけど、僕にとってはすごく恥ずかしい思い出で、それはそれはカッコ悪かった。

あの頃と変わらない雨音の無邪気さに安心を感じながら色々な生き物を見て、その都度感想を言い合って、僕たちは流れる時間を惜しみながらデートを楽しんだ。

流れる時間に身を任せながらも、付き合ったばかりの頃を思い出す。


あの頃はお互いのこともよく知らなくて、2人の目に映る全ての景色や流れる歌がとにかく新鮮で、まるで僕たち2人のためにこの空間は音楽は存在してくれてるんじゃないかと思うほどに幸せを感じながら毎日を過ごしていた。

そして、今でも目の前に広がる景色や聞く音楽は僕たちのためにあると同時に一つ一つの思い出を思い起こさせてくれるタイムカプセルだった。




「僕と付き合って欲しいんだけど、ダメかな、、」

「遅いよ!告白するまで長すぎ!とっても嬉しいし、もちろんこちらこそお願いしますなんだけどさ!」

「ごめん、なかなか勇気出なくて」

「まあでもちゃんと口にしてくれたから許す!これからよろしくね!」


僕たちが付き合い始めたのは、高校3年の8月でそれまでは仲の良いグループの中にいる友達同士だった。

急に好きになったわけじゃなくて、僕はずっと雨音のことが好きだった。でも、何気なくみんなで過ごす日々が当たり前になってたし、僕が告白なんかしたらきっと関係は崩れて、今までのように楽しく過ごすことなんて出来ないと思ってた。


結局ズルズルと告白できないままに出会ってから2年が経った頃に、グループの男子達に背中を押されて告白をすることになった。

僕がいたグループの男子は別に彼女がいるわけでもないのに、やけに恋愛マスターかのような口ぶりで恋愛について語ってていつもはアホだなと思ってたけど、この時ばかりはこいつらのおかげで踏み出せたと思ってる。


あの時は何の自信があるのかみんなして絶対成功するなんてテキトーなこと言ってると思ってたけど、今になって思えば雨音が出す答えを本当に知ってたんだろうなって思う。


付き合ってからは2人でいろいろなところに行ってたくさんの写真を撮って、僕が免許を取ってからはドライブをしたり旅行に行ったりとにかく幸せな日々が僕の目の前には広がってた。


「手、繋いでも良い?」

「もう!聞かないで繋いでよ!ほら手出して!」

「う、うん」

「まったく可愛いな〜でもたまには雰囲気とかに任せて頑張るんだよ!」

「うん、頑張る」


今まで知らなかった事や初めての体験もたくさんした。

僕にとって雨音は初めてできた彼女だったから手の繋ぎ方も、キスの仕方も全く分からなかったし、全てがぎこちなくてカッコ悪かったかもしれないけど、それでも雨音はいつも笑いながらも真剣に僕に向き合ってきてくれた。

そんな雨音に今度は僕がたくさん向き合って、沢山の幸せを感じもらいたい。昔とは違って自分から雨音が喜んでくれる事をたくさんしてあげたいそう思いながら気が付けば最後のイルカショーの時間になってた。




たったの1週間だけどその1週間がすごくもったいなくて、そう思う度に私の時間はあと少しなんだって実感した。

久しぶりに感じたデートは和也と初デートで行った水族館で、いろんな感情で今にも溢れ出しそうになりながら楽しい時間を過ごすんだって決めてた。


本当は初めて来たわけじゃないからどんな生き物がいるのかは何となく分かってたし初めてみる生き物が特別いるわけでもなかったけど、もうここに来ることはないんだって思ったら映るもの全部が特別で、気が付けばはしゃぎながらデートを過ごしてた。


そしたら突然付き合ったばかりの頃の話を和也がしたから、一瞬であの頃に記憶が戻っていった。

仲の良かった10人で過ごしたかけがえのない日々も、やっとの想いで告白してくれた日のことも全部が大切な宝物だった。

「和也本当告白まで長かったよね!」

少し意地悪に口にして和也が恥ずかしそうにしてるのが愛おしかった。和也が私のことを好きだったことは気付いてたし、グループの中でも少し話題になってた。


最初は恋愛として好きかと言われれば分からなかったけど、和也の気持ちを知ってから、少しずつ和也が特別な存在に思えてきて、焦ったいからこっちから告白しちゃおうか、でもやっぱり直接言葉で聞きたいしなとか、そんなことを思うようになってた。

さりげなくみんなでいる時も和也の横に立ってみたり、みんなでディズニーに行った時は隣に座ってみたりしたけど平行線のまま時間が過ぎて、このまんま何もなく卒業しちゃうのかななんて思ってたけど、周りの後押しもあって、やっと告白してれた。


それからの和也は笑っちゃうくらいにピュアで、何をするにもぎこちなくて、初めて手を繋ぐのもキスをするのも、私がリードしてるみたいで、でも一生懸命な和也が可愛くてそれすらも愛おしかった。

本当はもっとロマンチックなキスを期待してたし、一生で一番特別なキスになると思ってたけどあまりにも和也がぎこちないから思ってたのと違う形で特別なキスになったなって今では思ったりする。


私は和也がたまに見せる真剣で、でもどこか寂しそうな顔が好きだった。旅行に行って綺麗な景色を見てる時、窓の外に降る雨を見つめてる時、好きな音楽を何となく聞いてる車の中、そんな時に見せる和也の表情はきっと誰も知らない、私だけが知る和也の表情だったから。

もっと沢山の和也を知りたかったし、もっとたくさんの時間を過ごしたかった。




私たちはそのまんま最後のイルカショーを観た。

目の前で優雅に泳いで、美しく宙に舞うイルカの力強さに圧倒されながら2人はただ黙って、真剣な眼差しをショーに向けていた。

まるで私たちのためにショーをしてくれてるんじゃないか、私の最後の時間が良いものになるようにって必死に宙を舞ってくれてるんじゃないか、当然そんなはずもないのに、もう2度と見ることの出来ないこのイルカショーはそれくらい特別で美しくも儚いものに見えていた。


終盤になってもうすぐこの幸せな時間が終わってしまう、また1日私の終わりに近付いてしまう、そんなことを思った途端に涙が溢れて、涙を止めようとしてもなかなか止まってはくれなくて、必死に涙を拭っていたら、和也がそっと私を抱き寄せてくれた。

ラストの演出で会場が暗くなって、終わった時に泣いているのは嫌だと思ってもう一回涙を拭おうとした瞬間に、真っ暗で何も見えない世界の中で、そっと和也の唇が私の唇に触れた。


なんだよ、ちゃんとできるじゃん。

そう心の中で言葉にしながら、最後の圧巻の演技と一緒に大粒の涙が頬を伝った。

何もなかったように和也がそっと手を引いてくれて、私たちはもう2度と来る事ができない水族館を後にした。

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