2話
今日は週に2回しかない大学の授業の日だったから、起きてから雨音にLINEを送った。
「今日、大学行けそう?」
しばらく返信を待ったけれど、返事がなかったから僕は1人で大学へと向かった。
雨音の家はお母さんがいつも家にいてくれるから僕は少し安心をしていた。こうやって返信がなかったとしてもきっと寝てるのかなとか、今日は少し調子が悪いのかなって思うだけで済むことが出来ていた。
もし共働きで雨音が家に1人だったらきっとこうは行かなくて、返信がないだけで慌てて家に向かっていたと思う。
それくらい僕の頭の中は雨音のことでいっぱいだった。
大学について、いつも通り授業を受ける。
「雨音、今日は休みなんだね」
大学で一番仲のいい竹辺が声をかけてくれた。大学の中で雨音の病状を知る数少ない友達で、いつもアホなことばかりしてるけど、根が真面目ないい奴だった。
「まだ返信ないから多分調子悪いんだと思う」
「そっか、お前も大変だと思うけど無理すんなよ」
「おう、ありがとう」
授業が終わって竹辺と一緒にご飯を食べる。
「お前らいつも一緒だったから、こうやって2人で飯買うの辺な感じするな」
「たしかに」
僕と雨音は大学の中でも一緒にいることが多かったから雨音がいない事には確かに違和感はあった。
でもずっと2人でいたわけじゃなくてお互いの友達との時間も大切にしていたし、みんなで仲良くみたいな雰囲気が僕の周りにはあったから戸惑うほどの違和感ではなかった。
四年生にもなると授業は少なくて、今日はお昼を食べてからすぐに家へと帰った。
帰りの電車に乗っていると雨音からの通知が入っている事に気がつく
「ごめんね、今起きた」
通知は15分ほど前のもので、僕もすぐに返信を返す。
「大丈夫だよ、体調どう?」
「今は調子いいよ、ありがとうね」
その返信を見てそっと肩を撫で下ろす。
余命1ヶ月とはいえ、本当に1ヶ月なのかは誰にもわからない。もしかしたらそれより長いかもしれないし、短い可能性だって十分にある。
だからこそ今を大切にしなきゃいけなくて、少しでも多く雨音には楽しいと思えるひと時を過ごして欲しかった。
「今日、電話しない?」
雨音がそうLINEを送ってくれたから僕はすぐに返事をする。
「もちろん、家着いたらいうね」
車窓の外を流れる景色を眺めながら、今までの事を振り返る。
何度もこの電車に乗って雨音と大学に行ったり、遊びに行ったりした。何気ない日常だったかもしれないけれど、今この状況になってからはその日々がすごく恋しくて、もっとあの一瞬一瞬を大切にしていればと後悔する。
過ぎたものにどうこう言っても仕方ない事はもちろんわかっていたけれど、過ぎたものの中にある尊さを拭いきれなかった。
家についてすぐに雨音にLINEを送る。
「今家着いたよ」
「おかえり!もう電話かけてもいい?」
「うん、大丈夫」
すぐに着信が入って僕は電話に出る。
「おかえり、学校どうだった?」
「ただいま、今日は竹辺とずっと一緒にいたよ。雨音は体調どう?」
「朝はちょっと微妙かななんて思ったけど、今はもう大丈夫!元気だよ!」
「良かった、でも無理しないでね」
正直なところ僕の中では雨音の体調の良し悪しはまだよくわからないし、雨音が大丈夫と言っていても本当は強がっているだけなんじゃないか、すごく辛くて本当は電話もしんどいけれど無理してるんじゃないか、そんな心配が本当はあったけれど、電話をしてくれてる雨音に少しでも応えたい、楽しいひと時を過ごしてもらいたいという思いの方が強かった。
「そういえば今日竹辺が雨音のこと心配してたよ、あいつの場合口にしてる事が軽く聞こえるからなんとも言えないけど。」
「確かに竹辺って全体的に軽く聞こえるよね、まあでも心配してくれるのはちょっと嬉しいかもな〜」
「あと、久しぶりに1人で電車乗ったからなんか2人で当たり前に過ごしてたけど大事な時間だったななんて思ったよ」
「えーなんかかわいいじゃん!和也でもそんなこと思うんだね、なんか嬉しいかも」
「なんだよそれ、俺だって会いたいなとか好きだなとか改めて思う時くらいあるからな」
「へ〜会いたいとか好きとか思うんだ〜」
「なんだよ!思うだろ普通!」
「ちょっと安心したし、私も今すごく会いたいよ!」
付き合ってからかなり時間が経ってたこともあるけれど、久しぶりに会いたいとか好きとかを口にした気がして少しの恥ずかしさがあった。本当はもっとたくさん伝えてあげた方がいいって分かってるけどいざ口にするとなるとどうしても恥ずかしさが勝ってしまう。
それでも今日口にできたこと、雨音も会いたいと言ってくれたことがすごく嬉しかった。
今日は起きてからあまり調子が良くなくて、大学にも行くことができなかった。本当はもっと残りの時間を大切にしたいから大学にだって行きたいし、何よりその中での和也との時間を大切にしたかった。
起きてすぐにお母さんが体調を心配してくれたけど、あまり心配はかけたくなかったから大丈夫だよって少し強がった。
携帯を見たら和也からLINEが入ってて、私はすぐに返信を返す。
返信が返ってきて、和也も体調を気にしてくれた。少しの嬉しさと寂しさを感じながらまた少し強がって、返信を返す。
私はきっと本当に1ヶ月で死ぬと思うし、少しでも私の大好きな人との時間を作りたかったから、電話したいって言った。
和也はなんとも思ってなかったかもしれないけど、直接会うのと同じくらいに電話する時間は幸せで、いつもと違う姿を和也が見せてくれる気がしてた。
和也の帰りを待っている間に姿を見られるわけでもないのに私は髪の毛をとかしたり、意味もなくリップを塗ったりした。
何してんだろうって少し馬鹿馬鹿しくも思えたけど、なんだか少し満足した気にもなって電話が待ち遠しい。
和也が帰ってきて、すぐに連絡をくれて私は電話をかける。
いつもと変わらない和也の声を聞いて少し体調が良くなった気がしてさすが和也だなって心の中で思いながら、今日の大学のことを話す和也の言葉を聞く。
相変わらず竹辺の言葉は嘘くさいなって思ったけど、いつもアホな竹辺でも心配してくれてるのは嬉しかった。
和也が急に電車に乗ってる時の時間のことを話し始めたからびっくりして電話越しでニヤながらかわいいねって口にする。
いつもはそんなこと言ってくれないけど、こんな状態になったら言ってくれるんだーとかこんな状態じゃなくてもいえよーとか色々思ったけど素直に嬉しい気持ちが一番で、喜んでいたら今度は好きとか会いたいとか言い出すもんだから私のニヤニヤも最高潮だったと思う。
私も胸がギュッてなって素直に会いたいよって伝えた。
本当に今すぐにでも会いたいし、ずっとそばにいて欲しかった。
これから先もずっとずっとそばにいて、沢山の場所で沢山のものを見て2人で過ごしたかったけどきっとそれもできなくなっちゃう。
だから、和也が好きって思ってくれてるこの時間を私は精一杯過ごしたいし、私も和也以上の好きを伝えて過ごせたら良いなって心から思ってた。
きっと私の人生はもうすぐ終わっちゃうけど、誰からも羨ましいと思われるくらいに幸せで、濃い時間を過ごしてやるぞって気持ちはあった。
でも、それ以上に死を受け入れられない、本当に死ぬのかなって怖さがいつも頭の中にはあって、今にも壊れそうな心を保つ事で今は精一杯だった。