黒猫と怪盗(仮)
予告状
天上に月が満ちる夜、地上に輝く蒼き星を頂きに参上する
___怪盗Arthur
「ねぇねぇ聞いた聞いた?」
「予告状の話?」
「そうそう、怪盗だよ怪盗」
「蒼き星ってあれだよね?博物館に期間限定で展示されてるでっかい原石」
「こんな田舎のボロい博物館に、あの怪盗が本当に来るのか?」
「でも予告状は本物って話だよ」
「本当かなぁ~実は怪盗をダシに使った町おこしとかじゃない?」
「かもな、あの町長ならやりかねない」
「だいたいこんな田舎じゃ皆顔見知りだから、他所から来た人とか一発でバレちゃうよ」
「怪盗は変装の達人だって話だからな、案外もう誰かと入れ替わってたりして」
「あー!そういう事言うのが怪盗本人だったりするよね、えいえい」
「おいおい引っ張るなよ、痛いって」
小さな町に振って湧いた怪盗騒ぎ。
町中が怪盗の話題で持ちきりになる中、月は満ちていき・・・ついに今日が満月の日。
青い宝石が展示された小さな博物館に町の人々が集まってきていた。
「はいはい、ここから先には入らないでくださいね」
「えー、ここからじゃ宝石見えないじゃん」
「博物館なんだから展示品見せろー!」
「悪いけど、何か理由つけて入ろうとしたやつは怪盗と見なして逮捕して良いってさ」
「えーケチー」
「横暴だ―ぶーぶー」
小さな博物館は入り口から立ち入り禁止。
警官隊が出入り口に立って完全封鎖の構えだ。
一目怪盗を見ようと集まった町民達は、それぞれに文句を言いながら入り口前に屯している。
「ホラ一般人はどいたどいた、怪盗じゃなくても普通に公務執行妨害でしょっぴくぞ」
いかつい巡査部長が町民をかき分けながらやって来る、そのすぐ後ろにはコートを着た若い刑事の姿があった。
人混みを押しのけると、二人は入口から博物館の中へ入って行く。
「誰だあれ、見た事ない顔だな」
「本庁から来た警視だってさ、怪盗のライバルみたいなやつ?」
「あら結構イケメンじゃない」
「やれやれ・・・わざわざ本庁から来ていただいたのに、すいませんね」
「いえ・・・それよりも警備の人員はこれだけですか?」
「なにぶん田舎ですんで・・・これでも近隣からかき集めたんですよ」
警官は入り口に4名、裏口に2名、そして館内に2名と巡査長と警視。
全員合わせてもたったの10人、怪盗相手には心もとない戦力だ。
「まぁ、こんな小さな建物に大勢で詰めかけてもどうにもなりませんが・・・ええと、その子供は?」
中央に話題の宝石が展示された展示室。
その隅に、小さな女の子が一人ちょこんと体育座りしていた。
「ええと確か・・・相沢さんとこの娘さんで・・・おい、なんでその子がここにいる?」
「いや、飼い猫が入ったとか言って裏口から入ろうとしてたんで・・・言われた通り怪盗と見なして逮捕を・・・」
「バッキャロー!本当に逮捕するやつがあるか!」
「えええ・・・だって・・・」
「だってもクソもあるか!いくら怪盗でもこんな小さな子供に変装できるわけないだろ、外に出してこい」
「はーい・・・ごめんね、今外に出してあげるからね」
巡査長に命じられ、警官が女の子を外に連れ出そうとするも、女の子は座ったままだ。
「えっと、立ってくれないかな」
「・・・まだ見つかってない」
「?」
「うちの猫・・・アポロがまだ見つかってない、探さないと・・・」
「ああ、そういえば・・・どうしますか巡査長、猫ちゃん探します?」
「猫なんて後で良いだろ、後で探して家に帰すから、嬢ちゃんは先に家に帰っててくれ、な?」
「でもアポロは人見知りする子だから・・・」
なだめるように女の子の説得を試みるも、女の子は譲らない。
「ああ、悪いけど今俺達はそれどころじゃないんだ、力ずくでも・・・」
「いや、待ってください、そろそろ予告の時間が近い・・・今誰かを出入りさせるのは危険です」
そうこうしてる間に月は空高く昇っていた。
天上の月が満ちて・・・予告状の条件に一致する。
「・・・ごくり」
視線が展示室の宝石に集まる。
果たして怪盗は本当に現れるのか・・・しかし一体どうやって?
警官たちが固唾を飲んで見守る中・・・どこからか一匹の黒猫が現れた。
「アポロ!」
女の子が反応した・・・どうやら件の飼い猫らしい。
黒猫はてくてくと部屋の中央、宝石の方へと歩いていき・・・
・・・パチン
ブレーカーが落ちる音がした。
「にゃにゃ、ふしゃー!」
真っ暗闇となった室内に威嚇するような猫の鳴き声が響く。
「じゅ、巡査長!」
「慌てるな、予め配電板の位置は確認してある、見てくるからお前らは部屋の気配に集中してろ」
程なくして室内に明かりが灯る。
注目が集まるのは当然部屋の中央、展示されていた青い宝石は・・・なくなっていた。
「く・・・やられたか・・・」
「まだです、出入り口の確認を!」
戻ってきた巡査長が宝石の消えた展示室を見て項垂れるが、警視はまだ諦めていない。
出入口は封鎖していたはず・・・この博物館がまだ密室状態ならば、怪盗も中にいるはずなのだ。
「私は裏口を確認してきますので、巡査長は正面の入り口をお願いします」
「お、おう・・・」
警視と巡査長がそれぞれの出入り口を目指して駆け出す。
それと同時に、黒猫が動いた。
「あ、アポロ!待って!」
走り出した黒猫を追って女の子も駆け出す。
猫が向かった先は・・・
「警視、お疲れさまです!裏口は異常ありません!」
「私は他に出入り出来そうな場所がないか探します、中にはまだ怪盗が潜んでいるかも知れません、ここはこのままでお願いします」
「はっ!」
敬礼する警官の脇を通って警視が外に出ようとしたその時。
「んにゃあ、んにゃあ」
警視の足元に先程の猫が。
すりすりと足元に纏わりつきながら、しきりに鳴き声を上げている。
「警視?その猫ちゃんは・・・」
「おや、懐かれてしまいましたか・・・私は猫アレルギーでして・・・く、くしゃみが・・・」
「アポロ!」
「にゃあ」
猫を追って女の子も追いついた。
飼い主に気付いた猫はそちらに向かって鳴き声をあげる。
「やれやれ・・・この子は君の猫ちゃんだったね、捕まえてくれないかな」
「捕まえてください・・・その人を!」
「え・・・」
女の子が警視を指さした、その瞬間。
足元に居た黒猫が器用に警視の身体をよじ登っていき・・・
「ふわ・・・は・・・はくしょん!」
・・・ころん
コートの中から青い色の宝石が転がり落ちた。
「け、警視?!」
「あなたが怪盗だったんですね、早く捕まえて!」
驚きのあまり固まっていた警官達が女の子の声をきっかけに我に返る。
しかし、それはすでに遅く警視・・・怪盗は脱ぎ捨てたコートを警官に被せるように放ると同時に駆け出していた
「くっ・・・か、怪盗だ!逃がすな!」
「えっ怪盗だって?!」
「どこどこ?」
慌てて他の警官を呼ぼうとするも、その声を聞きつけた町の人達が集まって来てしまった。
そうこうしてるうちにも、逃げる怪盗の姿は闇に紛れて見えなくなっていく。
「むー、逃げられちゃった・・・夜行性のアポロなら追いつける?」
「うにゃあぁ」
女の子からの問いかけに、黒猫は否定するように首を振って鳴いた。
「結局怪盗には逃げられたんだって」
「でも怪盗は来てたんだろ、誰か見てないのか」
「怪盗が変装した警視さんなら・・・結構イケメンだったわよ」
「でもそれ変装じゃん、素顔はブサイクかもじゃん」
「いいえ、絶対あれはイケメンよ、イケメンの雰囲気を纏ってたわ」
「怪盗には逃げられたけど、展示品の宝石は守られたという功績で巡査長は栄転の話が来てるんだって」
「まじかー、本庁勤務とか出来んの?」
「無理無理、どうせすぐ戻ってくるよ」
こうして小さな町に現れた怪盗は、田舎の人々の一時の娯楽として消化され・・・
数か月後にはすっかり忘れ去られてしまうのだった。
___1人と1匹を除いて。