仕事を押し付けられよう
あらすじ:
王城の宮廷魔術師のギルバートがジェラードと話をしているのを聞いていると……?
「予算の方は大丈夫なんですかねぇ?」
「まぁ、例の『邪神』とやらのせいで確かにお金はかかっているが、その分経済も回っているからな。やはり無駄な貴族が整理できたのは大きい。」
「無駄な貴族、はここにもおりますが。」
「確かにそうかもしれないが、言うほど金かかってないからな。」
「褒められている感じがしませんねぇ。」
「そりゃ褒めてないからな。」
どこか緊迫感のある、そしてどこか楽し気に舌戦を繰り広げるジェルにギルさん。
言葉を交わしながらもジェルの指はバーチャルキーボードの上を踊り、ギルさんはバーチャルディスプレイの情報を目で追っている。
「とりあえずはこんなものか?」
「ですねぇ。」
と、ちょうど止まったところで、ジェルとギルさんがテーブルの一角の資料を避けた。ちょうど一人分のスペースが空くように。
……ん?
「大して面白くはないと思いますが。」
「否定はしないな。」
座ってもいいらしいので、席につく。
「そうだな……」
ギルさんがちょっと考えるような素振りをしながら、資料(羊皮紙らしいのか随分と分厚い)をパラパラめくる。
「……やはり紙を提案しますかね。」
「あれか? あの薄くて白い奴か?」
うん、この世界の「紙」って獣の皮(総じて羊皮紙って言ってるけど)や木の板、後は蝋を塗った板をひっかくとかそーゆーのばかり。あたしたちが使っているのはプラスチックペーパーって名の高分子素材だ。そこまでは無理だとしても、その一世代前の木を使った「紙」なら素材次第でいけそうだとか。
ふむ、と一言唸ると、別の羊皮紙を手元に引き寄せ、羽ペンで何かを書き込む。
「それも足しておくか。」
「……いかん、やることが増えた。」
「自業自得だな。」
どこか口元に笑みを浮かべるギルさん。楽しそうで何よりだ。
「……と、これかな。」
目的の羊皮紙を見つけたギルさんが、眼鏡をくいと直してジェルとあたしに見えるように向きを変える。
まぁ、分からん。こちらの世界の言葉で書かれているので…… あ、待てよ。
こっそりいつも着けてるウェストポーチから眼鏡を取り出すと、顔にかける。眼鏡に仕込まれたギミックで羊皮紙の表面の文字があたしたちの世界の言葉に翻訳されて視界に映し出される。……が、よくよく考えなくても、言葉が分かることと、文章が読めることと、文章を理解できることには大きな隔たりがあるわけで。
単語単語を拾い読みをしていくと、海の国ワワララトの…… 水に関わることか。って、あれか?!
「ん? お前は目は悪くないんだろ?」
お、ここに眼鏡三人が集まっているという珍しい絵だ。でもあたしもジェルも目は悪くない。ジェルはそれこそデータグラスとして使っているし、得てして眼鏡というアイテムは人の印象を変える効果がある。それこそ成人男子なら「弱そう」に見せるわけだ。
「私と同じで、仕掛け付きなのですよ。翻訳機能をつけています。」
暗視機能とか、使わないだろうけど防弾とかもついてたはずだ。
「あとはこの貴族構文って奴か。ジェラードがツラツラ読むから一瞬忘れてた。」
と、ギルさんが要約してくれる。なんでもお貴族様の書く書類は無駄な文章が多くて大変読みづらいらしい。あたしが感じたように、海の国ワワララトの水の問題だ。前に遊びに行った時に――まぁ結局色々巻き込まれたが――ジェルが調べたんだが、海の水が地層に浸み込んで地下水に塩分が混じっているとかで、慢性的な水不足なんだとか。雨季があるんである程度は何とかなっているそうだが、それこそ農業や国の発展に影響が出ているとか。
で、少し離れているが、水源があってそこから地層の硬いところを通せば水不足はだいぶ改善されるというので、この国――コンラッド王国が友好を深めるために手伝おうということになったそうだ。
「ちなみにどうやったんだ?」
「ファイヤーロックの対地レーザーですね。地上目標相手なので、威力が高めです。それでも出力はだいぶ落としたんですけどね。」
うん、本来は地中深くにある施設とかでも撃ち抜けるように威力がジェル基準ではある。
しれっと答えたジェルに、ギルさんがしわの寄った眉間を揉む。
「一応だ、仮に、の話だが、あのファイヤーロックで王都をどれくらいで壊滅できる?」
「全武装を使っていいなら一分もかかりませんな。」
恐る恐る聞いたギルさんにサラっと返したジェルの言葉に、更に額のしわが深くなる。
「随分と簡単に言うんだな。」
「簡単ですから。」
確かに簡単なんだよなー
ギルさんから大きなため息がもれる。
「この話は止めておこう。」
辛そうに首を振ったところでこの話題はとりあえず終了ってことで。
「というわけで、ワワララトの件だな。
水路計画は順調だ。誰かさんのおかげで工期も費用も大幅短縮、ということだ。」
「…………」
その進捗報告にジェルが考えるように視線を彷徨わせる。
「何をさせたいので?」
「具体的に言えば…… ワワララトに行ってくれないか?」
「なんでまた。」
面倒くさそうな顔をするジェルだが、ギルさんは羊皮紙の束をトントンと揃える。
「数日くらいで要件はまとめる。いくことは決定しているので、そちらの準備も進めて欲しい。」
「…………」
悪あがきをしそうな顔になったジェルだが、何か思いついたようだ。ただ大した効果が無い、って感じだろう。
「私、一応貴族ですよ?」
「そうだな。……じゃあ担当者変えるか?」
「いや、ギルさんでいいです。」
「だろ?」
それから二三他の案件を話してからギルさんは忙しそうに王都に転送陣で戻っていった。
「「…………」」
ギルさんがいなくなった後、ジェルと二人でなんとなく無言で見つめ合う。
「……水着どうしようかな。」
「そこですかい。」
いや、また海の国に行くならそこは大事だよね?
お読みいただきありがとうございます
そろそろ事態が動く……といいなぁ




