あの店に行こう
あらすじ:
王都の宿屋というかホテルで一泊したジェラードとラシェル
「あの店」に行くことに
というわけで朝になったんだけど、実のことを言えば昨晩はあれ以上何もなかった。えーと、ツインの部屋だったんだけど、なんかこー アレでジェルを少し押してもぐりこんだわけで。うん、お高い部屋だったんでベッド大きめだったんだよねー
ジェルは小さくため息をついてたが、追い出すような真似をしないのはいつものことで。
普通に起きて、普通に着替えて、普通にホテルの朝食をとって、普通にチェックアウトした。
いや、ホント愉快なことは何もなかったのよ。いや、良いことなんだろうけど、ちょっと拍子抜けで。……でもよくよく考えると、あたし達だけの時って変なこと意外と起きないよね。
馬車置き場にとめてあったパンサー2に乗りこむと、ゆっくりと走り出す。ここは第三層で、今日行く先も三層なのでそこまで時間はかからない。朝早くだけど開いてるんだろうか? ああいう店って、意外と朝遅そうだし、店長のあの人も偏見だけど怠惰そうに、もしくは夜更かしの常連っぽい気が。
どうなんですかねぇ、と気のないジェルの声を聞きながら窓の外を眺める。
ファンタジーな町中をSUVで走っているわけで、なかなかの違和感なのか歩く人歩く人がこちらを見ているような気がする。街中の人たちの服装は整っていて、それなりに金や地位を持っている人たちしか見かけない。
ここよりも上の区画にはまさに貴族と王族の区画なので、マダム・バタフライことチョーコさんオークション会場もそうだし、今行く服飾店も第三層にあるので、なかなかの地位を築いたんだろうなぁ、とは思う。
パンサー2の自動運転でほどなく例の服飾店に到着。
開いてるのかなぁ?
外観はおとなしいのだが…… と考えながらドアに手をかけてると、普通に開いた。中もそれなりに明るく、やっているのか単に不用心なのか。
クププ。
なんか変な声?がしたかと思うと、いきなり後ろから抱きしめられた。背中にボリュームのある感触があるのでジェルではない女性だ。あ、この感じとシチュエーションは記憶にある。あって欲しくなかったが。
「まぁ、朝からいらっしゃいませ~ 嬉しいわぁ、しばらく見かけなかったんで~」
クププ、と独特な笑い声?を出したこの店の店主のパレリさんだ。服のデザインとセンスはピカイチなのだが、ちょっとどころじゃなく怪しい――いや妖しいか?――人物である。とりあえず、女の子を見る目がコワい。サイズを測るって手をワキワキするんだ。すでに「雄牛の角亭」の三人娘も毒牙にかかっている。……でもホント、センスは抜群なのが重ね重ね惜しい、としか。
それでもこっちに来た時に結構お世話になっているので、あんまり邪険に……
「やめぃ!」
頑張って振り払う。今回はからかう気だったようなので、すぐに離れてくれた。
「あ、私にはお構いなく。」
さも無関係の第三者を装って、いそいそと店を出ていこうとするジェルの白衣の襟首を掴んで無理やり戻す。
「ぼったくりバーよりも酷いですな。」
酷いのはお前だ。
「あらあら、パトロン様も一緒なら、期待してもよろしいのかしら?」
クププ、と口元に手を当てて笑うパレリさんだが、まぁ口だけなんだろうけど。
「まぁ、そこに関しては、購入したいものがあれば吝かではありませんな。」
「そこはご期待にそえますかどうか、ですわね。」
なんかここでも達人同士みたいな会話が繰り広げられる。
と、あたしがそんな顔をしていたかどうかは分からないが、ジェルが話題を切り替える。
「ちょっと里帰りしておりまして、ちょっとしたお土産を持ってきまして。」
「あら? それはどのような……?」
と、柔らかな笑みを崩さないパレリさんだったが、ジェルが紙袋(そういやぁ、こういうのもこの世界にはまだないわね)から取り出したカラフルな表紙の雑誌を見た瞬間、表情が固まった。
「こ、これは……?」
目を大きく見開くと、震える手をジェルに、というか雑誌にゆっくり伸ばす。ジェルが、ここで手を引いたらどうなるんだろ? という顔をしかけたが、どう考えても面倒にしかならない未来しか見えないと悟ったのだろう。
というか、ジェルですら気配を探れないし、動きも奇妙に速い。多分、敵意があったら一瞬で制圧されて、あたしはあーんなことやこーんなことをされまくるに違いない。
「我々の世界のファッション誌と呼ばれるものです。作られたとはいえ、時代の流行を追う書籍が定期的に刊行されてまして。」
パレリさんの目が血走る。呼吸が荒い。
……怖い。
「ど、どうぞ……」
ジェルが少し引きながらも、ファッション雑誌を手渡す。受け取るや否や、猛烈な勢いでページをめくり、一通り眺めた後に、じっくりと読み始める。カラフルな写真の表面を指でなぞりながらブツブツと呟いて完全に読みふけっている。
「……行きますか。
こちらにまだ何冊か入っていますので。」
と、ファッション誌の入った袋を置いて、あたしを促して退店しようとするが、その足が止まる。
「ちょっとお待ちください。」
雑誌に目を落としながらも、片手でジェルの白衣の襟首をつかむパレリさん。
「折角だから、少しお話していきませんか?」
細腕のようにしか見えないし、力も入ってないように見えないが、掴まれたジェルがピクリとも動けない。
「ね?」
と蠱惑的な笑みを浮かべるパレリさんに、あたしたちは頷くことしかできなかった。
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